先日、初めて成田空港に行きました。
上空から見た、田畑の描く『線』の機能美の美しさに息を飲みました。
いろいろな思いの交錯した線は、そばを流れる川の線や、山の線、海岸線とも連関し、出来る限りは直線であろうとしつつも、途切れ、またつながり、どうありたいのかというたくさんの意思の積み重なりの結果としての機能を果たしているのが見て取れ、結果は機能を果たし得るということと、またそれがとこまでも続く風景は、きわめて幾何学的でありながら生命的でもあったのです。
あのような線は、誰かひとりでは描くことのできないものだなぁ、と人や国、街や家、ひとりやふたり、について思索を働かせたのでした。
そろそろ、脚本の準備しなくちゃね、と。
追伸 残念ながら後からGoogle Mapで見なおしても、あのときの感動は蘇ってきませんでした。