今回は、かつて京都に昭和初期まで存在していた、巨椋池の歴史について、番組ナレーション収録をさせてもらいました。
阪神甲子園球場の約200倍の面積を誇るこの湖沼は、当時としては、京都府下最大の淡水湖。
その後、地元地域の熱い働きかけで、国内初の国営干拓事業が行われ、今は干拓田として利用されています。
そして、巨椋という名は京滋バイパスの「巨椋インター」にその名をとどめるのみとなったそうです。
こんな仕事をやってないと、知り得なかった深い歴史だけに、改めて感謝をする思いでマイクに向かいました。
まぁ~難しい用語と言い回しに悪戦苦闘でしたが…^^;
日々精進精進です。m(__)m
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