暑いっすねぇ・・・。




ところで、オリンピック。


興味ないんだけど、どーしよう。





テレビではニュースそっちのけでオリンピックづくし・・・。





視聴するのにお金のかかる某局ですらも、そんな調子だ。


テーマ曲なんかも用意しちゃってさ。





オリンピック・・・正直、興味のない者にとっては甚だ迷惑な行事でございやす。




なんか、こういうこと書いている己が非国民と批難を浴びるような気にすらなるよね。




つーか、視聴するのにお金のかかる某局だけでも民放のように騒ぐことなく、通常の放送をして欲しいのだけどね。




いや・・・ホントに思うんだ。


オリンピックって、10年に一回で充分なんだけど・・・無理?





視聴するのにお金がかかるNHKのアナウンサーが現地ロンドンに行ってまでオリンピックの報道に力を入れている時点でドン引きなんだよね。


テーマ曲を設えてまでオリンピックに力を入れていることが痛いんだよね。





別にNHKに限らず民放も同じことだと思う。


オリンピックって、そんなに面白くもない。





なんかこう、どんどん日本のテレビって面白くなくなっている気がするのは昨日今日の話ではないけど、これから将来も面白くなくなっていってしまうのかな?






僕ね、ここ数年あんまりテレビって見てないんだ。


面白いのがないから。


まあ、朝のニュースくらいは見ているけどね。


ゆえに、朝の貴重な情報源をオリンピックで汚されたくないのですよ。







オリンピック→スポーツ→美しい・・・的な構図は止めて欲しい。


スポーツは美しくない。




オリンピックに出られるくらいの技量があることは純粋に大したものだと思う。


それはそれは一生懸命鍛練したのだろう。






でも、それも興味のない者にとっては無関係な話でしかなく・・・。






なぜ、あれだけ盛り上がれるのか?解らないのね。






そうなんだよ、理解できないんだよ。


女の人のことと同じくらい理解できないんだよ(笑)






理解できないことを周りが無理やり盛り上がっているのは見ていて痛い。

滋賀の中学生自殺事件。




痛ましい事件であることは言うまでもないよね。





原因が学校でのイジメにあるということが報道でも言われている。


問題の中学校では生徒からアンケートをとって事の内容を把握しようとしているらしい。





イジメとの因果関係・・・こりゃ分からない部分が多い。


イジメという現象に関わる二者のうち一方の中学生が自殺してしまったから。


もうその子の声は聞けないからな。


それだけにやるせない。





僕、思うのね。


自殺の原因がイジメなのか?どーか・・・いや・・・イジメに限らずも生徒の間で起きている現象に対して先生や生徒の周りの人間はどんな関わり方をしていたのか?





僕は生き残っている教育関係者やイジメに関与したと言われている生徒を一方的に責めようとは思わない。


ただ、事実を明らかにすべきだと思う。


その上で詫びるべき事はキッチリと詫びるべき。


詫びたところで、先立った人は蘇らないんだけどね。





虚しいんだよ。





イジメがあったとか、なかったとか・・・どーでもいいんだよね。


たださ、誰も自殺を止められなかった事実は辛いよな。





中学校に限らず、みんなが生きているこの世界。


それぞれの世界があると思う。


職場、近所、学校、幼稚園、家庭・・・それぞれの世界があるよね。


世界の一部に何らかの形でみんな接点を持っているよね。


その接点でみんな自分なりに一生懸命生きているじゃない。


その接点が強けりゃ強いほど、その世界の存在って大きいよね。


その世界で自分の周りから嫌な扱いを受けたり、嫌な扱いはないけど、馴染めなかったりする場合もあるでしょ。


それこそ、その世界での立ち位置が見えなくなって、脱出したくなるかもしれない。





そういう時に周りの人・・・大人とか子供とか関係なく・・・誰か、誰でもいいけど嬉しい言葉をかける人がいてほしい、優しい言葉をかける人がいてほしい。


「お前はそういうところがいいよな。」


「君、可愛いじゃん。」


「おい、今日調子どうだ?」


なんでもいいんだけどさ・・・少しでも気持ちが安らぐっていうかさ。


荒んだ世界に小さな雑草が生える程度でもいいんだよ。






実は、大半の人が何気なく過ごしている世界で決して珍しいことじゃないんだよね。


みんな人との接点で生きているから、その接点に生きる力を見出すことって少なくない。


辛くても、小さな接点を頼りに生き抜けることもあると思う。





その接点の辛い部分と頼りの部分のバランスが取れないと・・・。


その世界に見切りをつけてしまうかもしれないな。






僕、偉そうなこと書けないね。


だけど、書く。





もし、この記事を読んでいる人でこの世界に疲れ果てて呆れ果ててどーしようもないと感じている人がいるなら・・・。




自殺はしないでください。


自殺はしちゃいけません。


自殺は・・・するな。




何も残らない。


それが現実。


もしかしたら「俺(私)が死んでも世の中は変わらない。俺(私)が消えるだけ・・・。」


とか思っているかもしれない。


それも、悲しいかな事実でしょう。





だからこそ、言いたい。


自殺しないことを選ぼうぜ。





保証はしないが、今よりマシな世界が将来あるかもしれない。


保証はしないが、あなたが必要とされる世界が来るかもしれない。


保証はしないが、幸せな将来があるかもしれない。





保証はしないが、少なくとも生きていて良かったと思える事があるかもしれない。





もう一度書くけど、僕は偉そうなことは書けない。


僕は僕自身のことしか解らない。


人のことは解らない。





生まれることは自分でコントロールできない。


超能力でもない限り、自分の意思で生まれてきた人っていないよね。


ところが死ぬことは自分でコントロールできる。


意外と人間って残酷にできてるんだよね。






別の見方すると生まれることの尊さを感じるんだよ。






せっかく生まれてきたんだ・・・自分で死ぬことを選ぶのは止めないか。


勇気がいるかもしれないけど、どーやって生き残ることができるか?選んでみないか。


カッコ悪くて、恥ずかしいかもしれないけど、生き残るために必死になってみないか。






一度生まれたからには、選ぶのは自分。


でも、生まれることだけは二度と選べない。





生きようよ。






偉そうなこと書いて、スンマセン。

うげぇ~・・・。




仕事でお世話になっている方に食事にお誘いいただき・・・食事と言えどそこは大人・・・酒も入るよね。


いえいえ、そんなに飲んではいない。


飲めないから。


最終電車を乗り継いで帰宅したよ。





キリンジの「家路」っつー曲の歌詞で・・・


♪最終の下りに乗る 裸の枝のような路線図の果て♪


という歌詞があるけど今日の僕はその逆。


いずれにせよ、最初の駅でこの歌詞が頭を過ぎった。




乗り継ぎの駅に着いたら、ほとんどの電車は既に運転終了。


僕が乗る路線も間もなく最終が出るってことで小走りにホームへ急いで間に合ったよ。





しかし今日も暑かった。






街を歩いていていたら風が吹いてきて涼しいなぁ~なんて思っていたら、飲食店の冷房の室外機の風だった。


一台の車が通り過ぎたらムワッと来る車の排熱。





コンビニに寄ったら凍らせたお茶を売っていた。


冷たい状態が維持できていいんでないかい?と思い購入。


なかなか解けない。


解けないから飲めない。


なんだかなぁ~。





でも、夜の帰りの電車に乗る頃にはイイ感じに冷たい飲料になっていた。





久々に楽しくて、色々と仕事の話ができた一席だった。


よかったよ。

AKBのメンバーが出ていた「ぷっちょ」のCMに批判が凄かったんだってね。


僕はそのCM自体は数回しか見た事ないけど、AKBのメンバーがぷっちょを口に咥えて、隣のメンバーの口に引き渡す・・・要は口移しだね。


どーやらこの口移しがマズかったらしい。


「不衛生だ」・・・と。






僕はそんなに不衛生だとは思わないけどね。


気にし過ぎじゃないの?





あれを不衛生だと感じるとしたら、おそらく日常生活で利用する色んな物事の仕組みを知った途端にそれらを利用したくなくなるんじゃないか?


だって、表向きは清潔でも正味なところはそうでもない場面って結構あるし。




もしかすると不衛生というか・・・別の感覚が絡んでいるんじゃないのかな?


つまり・・・若い女の子どうしが唇を接近させるわけで・・・まあ、なんとなく卑猥かな?・・・と。


卑猥・いやらしい≒気分的に不潔≒不衛生・・・みたいなさ。


全てニアリーイコールで結果不衛生という言葉におさまったという感じ。






まあ、卑猥ったってドラマのラブシーンなんかに比べりゃ・・・ねえ。







結局、僕にはこのCMを不衛生と批判した人の本心は理解できないわけで・・・。


ただ、ちょっと気にし過ぎっつーか世知辛いよなぁと思った。

ちょっとだけ真面目な記事ね。




世の中に悩みや困ったことが一切ない人はいないと思う。


大きな事や小さな事や、助けを求める事ができる事や助けを求められない事や、自分でどーにかできる事やどーにもできない事や・・・みんな様々だと思う。





「頑張れ」・・・頑張れないことってあるよね。


どう頑張れば良いのか?すら分からないことってあるよね。





そういうことを乗り越えてきた人いるよね。


今、戦っている人もいるよね。


負けそうになっている人もいるよね。






僕はここ一年くらいかな?


まさにどう頑張れば良いのか?


僕はこの先、どーなってしまうのだろう?


そんな状態の中で過ごしてきた。





どーにもできなくて、ただ毎日が過ぎていくまま委ねるだけ。





なんで僕がこんな目に・・・って思ったりもした。




そんな時、あるブログを見つけた。


ブログ主様は大きな事と戦っているようだ。


ブログから伝わる事・・・日々の出来事への感謝や喜び。


空が青いことに喜び。


ブログを通して出会う人への感謝。


僕はそのブログを読んで、少し自分を恥ずかしく思った。


感謝を忘れた醜い自分に気づいた。






困り果てて何もする気がしなかった時・・・僕は祖父や祖母が眠る寺に足が向いていた。


自分でも解らないけど、墓前で手を合わせて心で言っていたのは「ありがとう」





もうダメだ・・・って諦めかけた時、僕はある人と出会う機会に恵まれた。


その人は僕に言い続けた。


「今起きている現象はどーにも不都合だろうし、もう頑張れないよな?ただ、諦めないように。頑張らなくてもいいから、諦めないでな!諦めたらそこで終わっちゃうから。やるだけやろう!」


その人は僕に知恵と人の出会いをくれた。





今、僕の目の前には光が見えてきた。


まだ強くはない。


でも間違いなくその光は緩やかに僕を照らし始めている。





光が見え始めた時、僕の周りには僕を支えてくれる人達がいることに気づいた。


僕に最高の愛情を注いでくれている両親がいることに気づいた。


ありがとう。







僕はこういう経験をして思う。


世界中のみんなが幸せを感じられる世の中ならばいいのに。


別に変な信仰にハマッたわけじゃない。


みんなが心の底から生きる喜びを感じられる世の中になりますように。






僕は前より少しは優しくなれているかな?


なっていればいいけど。





ブログを読んでくれている皆さん、ありがとう。