私がこの世界に生まれたとき、
真実の愛を持った男の手が、私の小さな身体を優しく洗ってくれた。
その手は父の手だった。
世界で最初に私の存在を喜んだのは、父だった。
その喜びは、
まだ言葉を知らない私の胸の奥に、
最初の光として静かに沈んでいった。
湖底に落ちる小さな光の粒のように、
深く、揺らがず、確かなものとして。
けれど、世界のすべてが優しさに包まれていたわけではない。
邪な正義を振りかざす集団に心を奪われた女は、
私が女として生まれたことを知ると、
その事実を疎み、
私をハデスの国へ流そうとした。
その女は、母と呼ばれていた。
そのとき、私の心に最初に生まれたのは《影》だった。
それは恐怖でも憎しみでもなく、
ただ、世界の冷たさが形を持って沈んだもの。
湖底に落ちた黒い石のように、
深く、重く、動かない影。
心を覆いつくしそうな大きな影。
その影を静められるのは、
真実の愛を持った男――父だけだった。
父がそばにいるときだけ、
影は静まり、
胸の奥の風は透明に優しく巡り、
私は安らぐことができた。
けれど嬰児の時期が過ぎると、
私は心の中の影と過ごす時間が増えていった。
邪な正義を振りかざす女に、
謂われない罪で断罪され続け、
生まれてきた我が身を呪い、
「いいよ。影よ、私をお前の世界に連れていけ」
と呟いたこともあった。
そんなとき、
真実の愛を持った男――父が、
《ヒュパティアの理念》を持ち帰り、私に与えてくれた。
ヒュパティアの理念。
それはこう語る。
『考えるあなたの権利を保有してください。
なぜなら、まったく考えないことよりは
誤ったことも考えてさえすれば良いのです。』
《考える権利を保有する》とは、
他人に思考を明け渡すな、という警告だ。
宗教、政治、世間の常識、家族、上司――
そうしたものに判断を委ねてしまえば、
人生の舵を他人に渡すことになる。
思考は外から与えられるものではなく、
自分で守るもの。
社会的圧力や同調圧力、恐怖、面倒くささに負けて
「もう考えなくていいや」と投げ出さないこと。
ヒュパティアは、
「間違うこと」を否定しない。
誤りは失敗ではなく、
思考のプロセスの一部だからだ。
誤った考えからでも、
修正・再検討・再構築が生まれる。
重要なのは、
正しいかどうかではなく、考えたかどうか。
「間違うくらいなら黙っていた方がいい」
「正解を知らないなら発言するな」
「権威に従っておけば安全」
そんな空気に対して、
ヒュパティアは真逆のメッセージを投げている。
考えない人々は支配されやすく、
操作されやすい。
知性の停止は、暴力と迷信の温床になる。
だからこそ、
ヒュパティアの理念は
人間の尊厳と自立を宣言する言葉であり、
邪な正義を振りかざす怪しい教団への
静かな反撃の言葉でもある。
父からこの理念を受け取ったとき、
私の心には、
静かで優しく、気高く凛とした光が満ちた。
その光を守るために、
守護する甲羅が現れ、
私の心は一瞬にして静かな佇まいを取り戻した。
そして今も、
胸の奥では、
光と影と甲羅のあいだを、
柔らかく静かな風が巡っている。
1064年8月 初旬の、ある夜の出来事。
父が烈火のごとく怒った。
母は我が家の南向きの大きな窓から庭へ父に蹴落とされた。
凄まじい大喧嘩でした。
夫婦喧嘩の原因:
母が家の生活費~貯金まで、全ての金を統一教会に献金しました。
父は大分で暮らしていた母のすぐ上の兄に
『今すぐに、あんたの妹を引き取りに来てくれや!』
と電話をかけて激しい口調で言っていました。
父が『家の生活費から貯金まで、全部、何に使いたんや⁈』と母を問い詰めても
母は何に使ったのかを頑として言わなかった。
近所に住んでいた賢いお爺さんが様子を見に来た。
お爺さん『どないしたんや。何があったんや?』
父:『生活費から貯金まで、全部、使うて、何に使うたんか、頑としていい寄らんのや。
だから「今すぐに引き取りに来てくれ」と里に電話をかけたんや』
賢いお爺さん:『さようか…すまんけど、ワシに免じて時間をくれへんか』
父は渋々、了承していました。
しかし、顔は烈火のごとく怒った表情のままでした。
賢いお爺さんが母に何やら話しかけて聞き出していました。
賢いお爺さんは大変上手でした母の扱いが。
賢いお爺さんが母から聞き出した内容は
・金は全部、女大学(=統一教会)の持って行った。
・女大学には近所に住んでいる同年代の小さな子供を持つお母さんに連れられて行った。
・「金を持って来い」と言われたのは今回が初めて。
というモノでした。
賢いお爺さんは1人で母を女大学に連れて行った女性の家を訪ねて行った。
父を同伴させるとド豪い騒ぎになりますから。
賢いお爺さんは《母を女大学(=統一教会)》に勧誘した女性に話を聞き、
・何故、母を統一教会に勧誘したのかを聞いた。
・父の姉妹による凄まじい虐めを見るに耐えきれずに女大学に連れて行った。
・女大学がまさか高額献金を要求する統一教会という悪質な教団であったとは知らなかった。
知っていたら自分も行かなかったし、他人を連れてなど行かなかった。
・この近辺の人は皆、辞めているから母も辞めているものと思っていた。
父も自分の姉妹(=小姑)が母を虐め倒した事が統一教会に引き込まれる原因の、一つ、であった事を知り、
それ以上、母を責める気にはなれなかった様子でした。
夜も、だいぶ更けたころ、
父と母は近所の賢いお爺さんを交えて話し合い。
賢いお爺さんの提案で
《母が今日を限りに統一教会を辞めるのであれば、この場で事を治めて離婚はしない》
という事になり、
父は、その場で、母のすぐ上の兄に電話をかけて、
『今、知り合いに間に入って貰うて、あんたの妹と話し合うて
アンタの妹も《もう二度と統一教会にはいかん、今日を限りに辞める》と言うてるさかい、
大分から、アンタの妹を引き取りに来てもらわんでええことになったから。
けどな、この次、やったら、その時は、アンタの妹を引き取りに来てもらうさかいな!』
と言っていました。
父は母に受話器を渡して大分に住んでいら母の兄と話をさせていました。
大分に住んでいた母のすぐ上の兄は豪い剣幕で電話越しに母をしかりつけていました。
統一教会に脳ミソをコントロールされてしまったら、
この程度の話し合いで辞める事はないのですよ😏
父が烈火のごとく怒った。
母は我が家の南向きの大きな窓から庭へ父に蹴落とされた。
凄まじい大喧嘩でした。
夫婦喧嘩の原因:
母が家の生活費~貯金まで、全ての金を統一教会に献金しました。
父は大分で暮らしていた母のすぐ上の兄に
『今すぐに、あんたの妹を引き取りに来てくれや!』
と電話をかけて激しい口調で言っていました。
父が『家の生活費から貯金まで、全部、何に使いたんや⁈』と母を問い詰めても
母は何に使ったのかを頑として言わなかった。
近所に住んでいた賢いお爺さんが様子を見に来た。
お爺さん『どないしたんや。何があったんや?』
父:『生活費から貯金まで、全部、使うて、何に使うたんか、頑としていい寄らんのや。
だから「今すぐに引き取りに来てくれ」と里に電話をかけたんや』
賢いお爺さん:『さようか…すまんけど、ワシに免じて時間をくれへんか』
父は渋々、了承していました。
しかし、顔は烈火のごとく怒った表情のままでした。
賢いお爺さんが母に何やら話しかけて聞き出していました。
賢いお爺さんは大変上手でした母の扱いが。
賢いお爺さんが母から聞き出した内容は
・金は全部、女大学(=統一教会)の持って行った。
・女大学には近所に住んでいる同年代の小さな子供を持つお母さんに連れられて行った。
・「金を持って来い」と言われたのは今回が初めて。
というモノでした。
賢いお爺さんは1人で母を女大学に連れて行った女性の家を訪ねて行った。
父を同伴させるとド豪い騒ぎになりますから。
賢いお爺さんは《母を女大学(=統一教会)》に勧誘した女性に話を聞き、
・何故、母を統一教会に勧誘したのかを聞いた。
・父の姉妹による凄まじい虐めを見るに耐えきれずに女大学に連れて行った。
・女大学がまさか高額献金を要求する統一教会という悪質な教団であったとは知らなかった。
知っていたら自分も行かなかったし、他人を連れてなど行かなかった。
・この近辺の人は皆、辞めているから母も辞めているものと思っていた。
父も自分の姉妹(=小姑)が母を虐め倒した事が統一教会に引き込まれる原因の、一つ、であった事を知り、
それ以上、母を責める気にはなれなかった様子でした。
夜も、だいぶ更けたころ、
父と母は近所の賢いお爺さんを交えて話し合い。
賢いお爺さんの提案で
《母が今日を限りに統一教会を辞めるのであれば、この場で事を治めて離婚はしない》
という事になり、
父は、その場で、母のすぐ上の兄に電話をかけて、
『今、知り合いに間に入って貰うて、あんたの妹と話し合うて
アンタの妹も《もう二度と統一教会にはいかん、今日を限りに辞める》と言うてるさかい、
大分から、アンタの妹を引き取りに来てもらわんでええことになったから。
けどな、この次、やったら、その時は、アンタの妹を引き取りに来てもらうさかいな!』
と言っていました。
父は母に受話器を渡して大分に住んでいら母の兄と話をさせていました。
大分に住んでいた母のすぐ上の兄は豪い剣幕で電話越しに母をしかりつけていました。
統一教会に脳ミソをコントロールされてしまったら、
この程度の話し合いで辞める事はないのですよ😏
1964年7月 下旬。
当時、4歳の私は初めて母に連れられてて統一教会の集会に参加しました。
当時の神戸の統一教会は見た目が普通の民家でした。
子供たちだは前方に集められて床に座っていました。
大人たちは子供たちの後方に並べられたパイプ椅子に座っていました。
礼拝が始まり~統一教会の牧会者は、
あるのか、無いのか、分からない、
誰も見たこともない、
いまだ、誰一人、行って、帰ってきたことがない霊界の話をし始めた。
私は、その場で立ち上がり統一教会の牧会者に
『真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです』
と意見した。
統一教会の牧会者は4歳の女児が発した言葉にマジ切れして怒りをぶつけてきました。
私はマジ切れして怒り狂う統一教会の牧会者に臆することなく、
・霊界は何処のあるのか?
・本当に在るというのなら見せてみろ。
・本当に霊界に行って戻ってきた人を連れて来い。
・牧会者は本当に霊界に行って見物して戻ってきたのか?
etc…
その日の統一教会の礼拝は
統一教会の牧会者と4歳の女児の論争で終わりました。
4歳の私は、この日から6ヶ月の間、礼拝に参加禁止になりました。
この日以降、母による私への暴力が統一教会からの命令に代わり、
母は鬼のような形相で嬉々として
『神様の言いつけや!神のみ旨や!!』と言いながら、
母は楽しそうに、私に激しい暴力をふるい続けました。
これが統一教会が言う正しい育児方法なのですよ。
当時、4歳の私は初めて母に連れられてて統一教会の集会に参加しました。
当時の神戸の統一教会は見た目が普通の民家でした。
子供たちだは前方に集められて床に座っていました。
大人たちは子供たちの後方に並べられたパイプ椅子に座っていました。
礼拝が始まり~統一教会の牧会者は、
あるのか、無いのか、分からない、
誰も見たこともない、
いまだ、誰一人、行って、帰ってきたことがない霊界の話をし始めた。
私は、その場で立ち上がり統一教会の牧会者に
『真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです』
と意見した。
統一教会の牧会者は4歳の女児が発した言葉にマジ切れして怒りをぶつけてきました。
私はマジ切れして怒り狂う統一教会の牧会者に臆することなく、
・霊界は何処のあるのか?
・本当に在るというのなら見せてみろ。
・本当に霊界に行って戻ってきた人を連れて来い。
・牧会者は本当に霊界に行って見物して戻ってきたのか?
etc…
その日の統一教会の礼拝は
統一教会の牧会者と4歳の女児の論争で終わりました。
4歳の私は、この日から6ヶ月の間、礼拝に参加禁止になりました。
この日以降、母による私への暴力が統一教会からの命令に代わり、
母は鬼のような形相で嬉々として
『神様の言いつけや!神のみ旨や!!』と言いながら、
母は楽しそうに、私に激しい暴力をふるい続けました。
これが統一教会が言う正しい育児方法なのですよ。