人生を変えられた話です。

滅茶苦茶ネガティブな話です。

でも、人に笑って話せるようになりました。

 

恨みを忘れないために、書き留めておこうと思います。

 

 

私は3年前まで教員をやっていました。

そこそこ楽しく働いていました。

 

教員3年目で初の異動があり,高校から小学校へ行きました。

市内の、小さな小学校です。

同僚にも恵まれ、やっぱりそこそこ楽しかったです。

半年だけは。

 

その年の1年生に、珍しい苗字の児童がいました。

市内でも中々見かけない苗字の児童です。

でも私は、自分が小学生・中学生の時に、同級生に同じ苗字の同級生がいました。

 

その同級生は、中学3年間、執拗に私をリンチして楽しんでいました。

最近ニューズで見るいじめがいじめとは思えないくらいのいじめを受けていたので、あれはリンチだったと思っています。

 

でも、私は担任ではなかったし、役職的に保護者との接点も限られています。

だから、接点なく過ごせると思っていたし、校長先生にも事情をお伝えしていました。

 

でも、運動会。

小さな小学校は、教員は係を沢山掛け持ちます。

私のメインは救護でしたが、誘導、準備、得点、接待等もやっていました。

プログラムに沿って、居る場所が変わります。

1・2年生の親子種目。私は誘導でした。

バタバタしていたので、覚えていることはただ一つ。

 

その同級生が私に気づいて、「久しぶり」と笑顔で声をかけてきました。

 

その直後、私は過呼吸を起こしました。

 

児童も、職員も、保護者もざわざわしていたのは覚えています。

 

そして、すぐに校長先生が私を職員室に連れてって下さいました。

 

私は、運動会をほっぽって、両親に迎えに来てもらい、早退しました。

 

 

運動会以降、私はその同級生の子どもを見るのが嫌になりました。

 

 

「あ、もう教員続けられない」と思いました。

 

 

学校が変わっても、リンチをしていたグループの同級生や先輩が保護者として私の目の前に現れるかもしれない。

 

 

私は同級生が保護者として私の前に再び出てきたことで、教員でいる自分に恐怖しか抱けなくなりました。

 

校長先生が、「高校に戻るか?」と言って下さったので、たった2年で小学校を去りました。

 

でも、次に行った高校では、リンチをしてきた先輩がそこの教員として現れました。

それから、リンチグループの同級生の親も教員としてその高校にいました。

 

「これはもうだめだ」と思いました。

 

3年は耐えました。

 

でも、「死にたい」と思って、誰もいない保健室で手首を切っていました。

 

その次の日。

私は退職届を提出しました。

 

 

 

加害者が同僚だったり保護者だったり、地獄でした。

 

 

中学時代に受けていたリンチが原因で、私は教員でいられなくなりました。

 

リンチやいじめはよくないよって話です。

先月実家に帰った時に、甥っ子にジェラトーニのハンドパペットをプレゼント(^^♪

 

義姉が「気に入ったみたい♪」と写真を送ってくれましたラブ

 

 

大事に抱っこして寝てくれているそうです。

 

寝顔が天使でした。

 

この写真はソッコーPCの壁紙。

 

 

 

そして後日。

 

「最近ジェラトーニと一緒に寝てるんだよ~」とまた写真を送ってくれました♪

 

 

最初はお顔の横にいたジェラトーニ。

 

それが何故か…

 

 

なんでそこ?

 

まぁ可愛いのでなんでもいいです。

 

 

もう少し大きくなって、ジェラトーニ好きになったらきっとMサイズのジェラトーニを買ってしまいそうで怖い笑

 

貢ぎまくりのおばちゃんです笑