ぶどう
今日の晩ご飯はカツカレー。
今日のデザートはぶどう

おいしそうでしょ?
ちゃんと写真の撮り方をイロハ程度でいいので学びたくなりました。
「写真と音楽ってすごく似てるところがあってさ、
写真も音楽も『そこにあるもの』の再現なんだよ。
写真は見えてるものを、そのまま残す。
音楽は聞こえるものを、そのまま残す。
ってことが言えるんじゃないかな?
対象は確かに違うんだけど、でも根本は一緒なんだよね。
そのまま残す ってのがミソでさ、
たとえば赤いリンゴを同じ色彩で撮影して、紙や画面で見るとする。
そうすると、確かにリンゴが見えるんだけど、でもそれはあくまで写真なんだよね。
リンゴがそこにあることは表現できないよね。
でもそれであきらめたら、おしまいだよね。
リンゴの持つ空気っていうかな、雰囲気とか、オーラとか、そういったものを写すのが難しいんだよ。
そのまま残す って、もしかしたら そこにないものを見せる ってことなのかもしれないね。
音楽をやった人ならなんとなく共感できるかな?
そこにある曲、たとえば楽譜になってるものを考えてみようか。
音符をそのまま演奏すると、確かにそれはその曲が聞こえてくるんだけど、でも物足りないよね。
音と音の羅列の中に、何かニュアンスというか、それこそ雰囲気とか、その曲の空気とか、
それを表現するのが難しいよね。
作曲家の心境、感動、さらに演奏者の想いが合わさって、音楽ができていくんだよね。
そのまま演奏してるつもりでも、伝わらない。
そこにない何かを伝える、伝えようとする ってのが大切なのかもね。
物を、それが持つ空気と一緒に、カメラを通じて、誰かのために写す
曲を、それが持つ空気を一緒に、楽器を使って、誰かのために奏でる
職業を生んだ神様がいるとすれば
きっと写真家と音楽家は双子のように生まれたんだと思うね。
夫婦だったのかもしれないね。」
何もわからないくせにそれらしく書いてみました。
後悔はしてない。
今日のデザートはぶどう

おいしそうでしょ?
ちゃんと写真の撮り方をイロハ程度でいいので学びたくなりました。
「写真と音楽ってすごく似てるところがあってさ、
写真も音楽も『そこにあるもの』の再現なんだよ。
写真は見えてるものを、そのまま残す。
音楽は聞こえるものを、そのまま残す。
ってことが言えるんじゃないかな?
対象は確かに違うんだけど、でも根本は一緒なんだよね。
そのまま残す ってのがミソでさ、
たとえば赤いリンゴを同じ色彩で撮影して、紙や画面で見るとする。
そうすると、確かにリンゴが見えるんだけど、でもそれはあくまで写真なんだよね。
リンゴがそこにあることは表現できないよね。
でもそれであきらめたら、おしまいだよね。
リンゴの持つ空気っていうかな、雰囲気とか、オーラとか、そういったものを写すのが難しいんだよ。
そのまま残す って、もしかしたら そこにないものを見せる ってことなのかもしれないね。
音楽をやった人ならなんとなく共感できるかな?
そこにある曲、たとえば楽譜になってるものを考えてみようか。
音符をそのまま演奏すると、確かにそれはその曲が聞こえてくるんだけど、でも物足りないよね。
音と音の羅列の中に、何かニュアンスというか、それこそ雰囲気とか、その曲の空気とか、
それを表現するのが難しいよね。
作曲家の心境、感動、さらに演奏者の想いが合わさって、音楽ができていくんだよね。
そのまま演奏してるつもりでも、伝わらない。
そこにない何かを伝える、伝えようとする ってのが大切なのかもね。
物を、それが持つ空気と一緒に、カメラを通じて、誰かのために写す
曲を、それが持つ空気を一緒に、楽器を使って、誰かのために奏でる
職業を生んだ神様がいるとすれば
きっと写真家と音楽家は双子のように生まれたんだと思うね。
夫婦だったのかもしれないね。」
何もわからないくせにそれらしく書いてみました。
後悔はしてない。



