ビンラディン容疑者を米殺害 パキスタン首都郊外で作戦
ビンラディンが死亡したみたいや。
どうやらパキスタンのイスラマバードに潜んどったみたい。
それをアメリカの小規模部隊が攻撃したって話。
読売新聞の情報では、DNA鑑定も済んで本人ってのも確定したみたい。
そもそもビンラディンとは何者なんかって話やわな。
ビンラディンの父親がイエメンのバドラマウト地方っていう名家の出身でWWⅠの時代にサウジアラビアに移住したみたい。
で、サウジアラビアで建設関係の財閥を築いて莫大な財貨を得て、巨額の財産分与がなされて、そのお金がテロの資金源になったみたい。
ビンラディンは生まれてから、結構ガチなワッハーブ派のムスリムとして育てられたみたい。
ムスリムってのは、イスラム教徒の事で、二人以上のムスリムの前で、ムスリムになるよ~って告白をしたらなれるみたい。
で、ワッハーブ派ってのは、俗にいうイスラム原理主義ってやつ。
イスラム的な、政治システムとか国家、社会を築こうってやつね。
そんな思想の下でエリート教育されてきたらしいわ。
んで、1978年のソ連のアフガン侵攻の時に、ムジャーヒーディン俗にいう兵士になって、ソ連の兵士を素手で殺して、奪ったアサルトライフルで活躍とかしたみたい。
アフガン侵攻は、共産党勢力(ソ連とか)と無ジャーヒーディンとの戦いで、当然アメリカは反共やからムジャーヒーディンに21億ドルの支援を行ったとか。
で、その後はユーゴ紛争とかにも加担してサウジアラビアに帰国。
そしたら、ビンラディンは自分としては、ぼちぼち頑張ったのにサウジアラビアがアメリカの軍隊を国内に駐留させてしまった。
これがビンラディンがアメリカを嫌いになった決定打みたい。
まとめ
いいように利用されてポイ!!で嫌いに!!
