その後、座敷では効き目が無くなって来たため、裏の土蔵に入れられるようになりました。
私も少しづつ座敷に慣れましたし、少しづつ大きくなったため、だんだん平気になり、効き目が無くなってきたのでしょう、土蔵に入れられるようになったのです。
こちらは本格派、暗い座敷とは比べ物にならないほどの気味の悪い所でした。
これも江戸・天保時代に移築したと云う東海道では一番大きかったと云う古く大きなもので、中にはねずみも大きなへびも住んでます。米をねらってねずみが住み、そのねずみをねらってへびが住みつくのです。
ここへ入れられるのには私も閉口しました。この蔵に入れられたのは祖父の弟と私だけだったとのこと、あまり云うことを聞かない子だったのでしょうね。
入れられた土蔵。
今はもうありません。