試運転は豚との戦いでしたが、その間色々なことが有りました。
まずはトンカツ。豚は、ちょうど良い頃勝手に肉にして食べることは法律で出来ません。で、牧場の人達は実に美味しそうな豚を知っていてこっそりやってしまいます。当然本社からの調査で豚の員数が合いません。すると、やや、また逃げたかな、などと云って探しに行きます。居るわけが有りません、調査に来るころには食べ終わってるのですから。
そんなことで、毎週1度位 特上のトンカツが出されます。当時未だ1ドル360円の時代で日本が未だ今のようではなかった頃、若い私達には有り難い御馳走でした。
当時はまだ東北新幹線が無く、仙台空港からは東京行きのプロペラの飛行機があった頃で、仙台からSLの仙山線で山形へ向かう途中の「愛子」では、言葉もひどい東北弁。牧場の人達の言葉は全く通じません。彼らは英語でというわけにもいかずおひざ元 東北大学の農学部を卒業した獣医の場長さんが訳して下さるのですが、これがまた分かりにくく、必死でお伺いするのが大変でした。
工事は3月に調査に行って暮近く終わったのですが、サベージのいつまでもいつまでも が流行っていた頃で、夏の終わりにはコスモスが一面に咲き、秋には赤とんぼが舞う、歌にもなった 広瀬川のほとりの良いところでした。
豚さえ居なければとも思いましたが、豚様が居なければ、訪れることも無い所でしたでしょう。
今でもトンカツは大好きです。でも、トンカツは カロリーと脂肪とコレステロールが、今は一年に一度位 少しだけ食べる程度に。