君が最後に見た景色は―どんな色をしていたのだろうか。



眼下に広がるのは、黄色いテープの張り巡らされた、いつもは通り道となっている場所。今は誰もいない。

そして、その中央付近に―未だに消えることのない紅い色が広がっていた。



…あの日のことは永遠に忘れない。忘れることなんて、できない。



あの日、あの時、私は学校にいた。実習中だったのだ。

そして確かに、救急車が校内に入ってくる音を聞いた。

誰かが発作で倒れたのかと思った。以前もそういうことがあったからだ。

…だが、実際はもっと深刻なことが起こっていたのだ。



救急車の音が聞こえたのは日が沈む前だったが、

現場を見たのは実習が終わった日没後だった。

日没後だというのに、そこはまるで昼間のように明るかった。

そして、テレビでしか見たことのない黄色いテープが―蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。



「誰かが屋上から飛び降りた」

その話を聞いたのは、その直後だ。

それが君だったと知ったのは―もう少し、後だった。



たまたま同じクラスで、座る席が近かった。

それが出会いだった。出会いなんて、そんなもんだろう。

理系の癖に、お互いに理系科目が苦手で、試験前はひーひー言っていた。

それでも、お互いに励ましあいながら…

「一緒に薬剤師になろう」と、頑張っていた。



遅刻の常習犯だったけど、誰よりも頑張っていた。

向いてないのかな、なんてこぼしながらも、必死でかじりついていた。

試験に通るたび、やっぱりできるんだ自分は、と言う安堵の声を上げていた。



…それでもきっと、苦しかったんだろう。

自分は君ではないから、君の苦しみのすべてを理解することはできない。

でもこうして、ここから下を眺めていると、君の叫び声が聞こえてきそうで、つらくなる。



…もし。

失礼を承知で、君の内部にもう少し踏み込んでいたなら。

待つことをしないで、君の話を聞きだしていたなら。



君は最期の選択をしないで、済んだのだろうか……。



そんなことを考えていたら、下から怒声が聞こえた。

そこは立ち入り禁止だ、すぐに戻れ―という教授の声だった。

すみません、と叫び返し、そのまま教室に戻った。



…どうしてああも淡白でいられるんだろう?

人が1人、死んでしまったのに。

せめて…せめて、現場に花くらい添えさせてはくれないのか。

線香の1本も立てさせないことが、彼らの望みなんだろうか。



教室の窓から、今度は空を仰ぎ見た。

雲天。明日は雨になりそうだ。



…君は、空を飛べたのだろうか。

君が最期に見た景色は、美しかったのだろうか―。






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気がついたら、ここに連れてこられていた。
広いようで狭く、すぐに壁にぶつかってしまう。
水の中に潜っても、同じ空間にいる仲間以外はなにもいない。
当然、底だってたかが知れている。


そして、透明な壁の向こうにはたくさんの人間達。
可愛いだとか、すごく速く泳ぐんだねとか、
口々にいろいろな事を言っては笑いあっている。


彼等を見ていると、ふと遠い北国を思い出す。
自分を見守ってくれた家族。
協力しあった仲間。
いつも側にいた彼女。
寒い氷の大地での暮らしはけして楽ではなかったが、
それなりに楽しい時間であったし、それがいつまでも続くと当然の事のように思っていた。


その記憶ももう、薄れようとしている。
彼等がどうしているのかを知る術など、あるはずもない。
自分の世界は、この狭い空間。
つくりものの背景と、つくりものの海と、つくりものの気温。それだけだ。


餌は決まった感覚で与えられるし、食いはぐれる事はない。
同種しかいないこの空間で、襲ってくる白熊などいるはずもないし、
死を恐れて暮らすこともない。
だが…


そこに、かつての仲間達にあった温もりは無くて。
ここにいる皆が皆、満たされた空間に足りない何かを感じている。
顔を突き合わせれば喧嘩しか出来ない。
そうでなければ、野生を忘れてしまいそうだから。


魚のいる海に戻りたい。
戻ったところで、自力で餌を取ることは出来ないだろうし
仲間と今までのように暮らすことは出来ないだろうけど、それでも。


そして、今日もぼんやりと、
つくりものの光で満ちたつくりものの空を見上げる。
完成された世界で、足りない何かを探しながら。



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これだけだと100%意味がわからないと思うので補足しますと、
「水族館で生活するペンギンの気持ち」を書いています。
…別にペンギンじゃなくてもいいんですが。


群れの中から適当に、仲間も何も無視して連れて来られた彼等は
果たして幸せなのかな、と。
前からずうっと思ってたんですよね。
それに反対しようとか、動物愛護的な事を言うつもりはないです。
自分もそれを見て癒されたり、楽しませてもらってる人間の1人なので。
ただ…某所のペンギン達を見てると、いつ見ても喧嘩しかしてないし(少なくとも私にはそう見える)、

毎日辛いのかな、なんて。



きっと寂しいんだろうな…なんて思ってしまったのでした。

その昔、仕えていたマスターが言っていた。

「歌を歌うことだけは、お前たちにはできない」と。

それは、お前たちには感情というものが無いからだ――― と。

それを別段悲しいとは思わなかったし(そもそも、「悲しい」と言う感情をその時は今以上に理解していなかった)、

歌などと言う雑音の戯れをこの口から発してみたいとも思わなかった。



だが、その歌をそれはそれは気に入っている男がいた。

奴は毎日のように男にしては高い声から男らしい太い声を巧みに使い分け、

暇さえあれば窓辺で歌を歌っていた。



今、私が仕えているマスターは奴を「カナリア」と呼んだ。

それはそれは美しい声だ、と言って。

その声が煩わしくて、マスターが気に入ってさえいなければ殺してしまおうかと思ってしまうほどだった。

どうしてこんなものに、マスターは魅せられるのだろう。



―――感情が無い私だったが、「歌」だけは「嫌い」なのだと理解していた。

精密機器であるゆえ、過剰な音は自らを破滅させるせいなんだろうと解釈しているが、本当のところはわからない。

ことに、あの男の歌う歌は心底嫌いだった…。



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障害物となっている岩を飛び越え、崖を飛び降りて進む。

高機動型として作られたので、これくらいのことはお手の物だ。

マスターはいつになっても、私のこのような所作に慣れずにひやひやしておられたので、マスターの前では慎むようにしていたのだが。



それを平然とやっているのは―――逃げ出した「カナリア」を探すためだ。



数週間前、「カナリア」は忽然と屋敷から姿を消した。

マスターは、それはそれは酷く悲しんでおられた。三日三晩、食事もとられないほどに。

無論、捜索隊も結成されていたが、どこまで逃げ足が速いのか、屋敷のあるエリアでは見つからなかったらしい。



あのような男のことなどどうでもいいが…マスターを悲しませるのだけは絶対に許さない。

奴が消えた4日目の朝、私は奴を探しにこのエリアを出た。



それにしても…「外」とは汚い世界だ。

先程から「エリア」と言う表現をしているのは、今この世界で人間が住める空間は酷く限られているからだ。

人間が住んでいる場所は、ビニールシートのような空間で区切られている。

私のような人造人間には何も感じないが、生身の人間が生きていられるのは1週間が限度と言ったところだろう。

空は赤く錆び、酸素は薄く、自然は枯れ果てて食料になるものは無く、何もしなければそのうち死んでしまう。

ビニールハウスの中は酸素があふれてはいるが、作り物の自然があふれ、空は照明を当てているだけの代物。

マスターがおられるところは比較的安全な地帯だが、怪しくなるのも時間の問題だろう。



こうなったのはいつからだろうか。

私が作られたころはまだまだたくさんあった「自然」というものが、次々と消えていった。




やがて、木々の生い茂るエリアへとたどり着いた。

ここは地球上でも数少ない人間が手を加えていない場所で、保護区と呼ばれている。

もっとも、ビニールシートは無いので、当然立ち入り禁止区域とされている。



私が今のマスターに仕える数代前のマスターが言っていた。

自然破壊を止めるには、人間と自然を分けるしかない、と。

奇しくもそれはかなったことになるが、この現状を見たらマスターはどう思うだろうか。



そういえば、そのマスターも、歌をこよなく愛した人だった―



そう思った時、遠方-大体100mくらいだろうか-に人影が目に入った。

間違いなく、私の探している人間だ。

奴は茂みの中に隠れるようにして倒れていた。

最大出力で駆け寄り、抱き起こして脈を測る。どうやら生きているようだ。



うっすらと開かれた瞼から、翡翠色の瞳が私を捉えた。



「…まさかお前が探しに来るとはな」


「コーネリア様を泣かせるからだ。貴様、何の連絡もなしにこんなところに何をしに来た」



厳しい誰何を、奴はふっと笑って流してしまった。

私から目をそらすと、周りの木々に目をやった。



「見ろよ、この自然。綺麗だと思わないか」


「無駄口をたたいている暇など無い。そもそも、私にそんな感情は無い」



屋敷から逃走して数週間だ、早くしないとマスターを泣かせることになってしまう。

この期に及んでまで、この男に振り回される気になれるはずが無い。



だが、奴は動こうとはしなかった。

代わりに、心なしか薄くなった翡翠色の瞳で、私の無機質な目を覗き込んだ。



「…お前は、本当に感情が無いのか?」



ピシリ…と言う音がした。

人間は頭にくるとこういう音が聞こえることがあるというが、その音に似ていた。



「当たり前だろう。私は人間に作られた人造人間(アンドロイド)だ」



そう言った私の顔は、奴にはどう映っているのだろう。

表情はアンドロイド特有の固定されたものであるはずなのに、それを見つめる目は見る見るうちに伏せていく。



「何が言いたい。はっきりと言え」


「…見せたいものが、ある」



私の問いを無視して、奴はゆるゆると茂みに突っ込まれたままの右手を動かした。

無駄な時間を食っている場合ではないのに…つくづくいらいらさせてくれる男だ。



だが、右腕が完全にこちらに出てきた時、私はそこから目が離せなくなった。



「コーネリア様に、これを、お見せしたかったんだ」



茂みから手が出た後も、彼の右腕は動きを止めなかった。

手には何か蔓のようなものが握られており、そこから文字通り芋づる式に何かが出てきた。



「クレマチスと、言う花だ。これをコーネリア様にお見せしたかった。

…蔓のものじゃなくて、できればユリとかの茎のものがよかったけど、な」



その時、奴がごほっ…と咳き込んだ。

咳き込んだだけではない、体内から押し出されるように紅いものが吐き出され、私の体にも付着した。



造られて間もないころ、教えられた。

人間が大量にこれを見せる時は、危険な時なのだと―



「ああ…すまない。死なないとはいえ、体が錆びるな」


「言っている場合か!何故早くこういう状態だと言わない!」


「まぁ、聞けよ。どうせ、もう長くはないんだ。


…だが、見つけたのがクレマチスでよかった。お前にもぴったりだし、な」



治癒特化の回復型と言われる機種なら、応急処置も可能かもしれなかったが

高機動型の私では、まるで成す術がなかった。



そんな私に、彼は弱々しい動きでクレマチスの花(蔓)を首にかけた。



「やめろ。煩わしい」


「前、お前は言っていたな。『人造人間に歌は不要だ』と。

…だが、『お前が歌を歌えない』ことはないと、俺は思う」



私の中に走る電気信号が、一瞬すべて止まったように感じた。



「…何を、愚かなことを」


「確かにお前の声は電子的だ。情報を伝えることだけを目的としているんだろうから、当然だな。

だからこそ、その声であるからこそ、歌えるものがある」


「私の発する声など、所詮は電気信号の結果でしかない」


「そうかもなぁ。だがそれを言ったら、人間の感情だって所詮は『電気信号』とホルモンの流れだと言えないこともない」


「……」


「知っているか?クレマチスの花言葉は『心の美しさ』だ―」



見開けるはずのない目が、見開かれたような、気がした。



「…お前は目撃するかもしれないな。変わらない姿のまま、この世界の果てを。

この世界には、自然がもう殆ど残っていない。

特に花は、世界から絶滅したのではないかと言われるほどだ。

だから…私は逃げ出した。あんな作り物の世界など、耐えられない。


…証人になってくれるか?私が、クレマチス(美しい心)の目撃者であると」



私は頷けなかった。ただ、弱くなっていく呼吸と鼓動を聞いていることしかできない。

私の冷たい体が、彼に残された熱を奪っているような気すらしていた。



そして…彼は静かに歌った。最期の歌を。

まだ自然が残っていたことを証明する、この自然が消えないことを願う、祈りの歌を。



『鳥は歌い、川はせせらぎ、
風はそよぎ、木々は静かにその身を揺らす


さぁ、恐れることはない

思い切りこの大空に飛び立つがいい


綺麗だろう?
だって、この世界は俺達の…』



―歌は途中で、切れた。

そして彼の体は力なく私にもたれかかり、目は静かに閉じられた。



ずしりとのしかかる、彼の体の重み。

人間の体とは、こんなにも重かったのだろうか。

無機質な私の体はこの程度では何も不自由しなかったが、

何か複雑な電気の流れが生じていることを確かに感じていた。



この重みを、人は『悲しい』と言うのだろうか―



彼が首にかけてくれた、紫色の花を見つめた。

人間がずたずたにしてしまった世界で、唯一美しく咲き誇るもの。

これを差し出して、彼は私の『心』が美しいと言った。



本当は、随分前から知っていたのかもしれない。

私は『歌』が嫌いなのではなかったのだ。

歌うことはできないと思っていながらもそれに憧れて、

いつだって、歌いたかった。



彼のことも、本当は嫌いではなかったのかもしれない。

だが、今となってはもう遅すぎた。

『悲しい』と言う感情を理解しても、この体では涙すら出ない。



彼が最期に言ったように、私はこの世界の終わりを見届けることになるのだろう。

無機質な瞳で、変わらない姿のまま。

その間に――何人の人の死と、自然の死を見るのだろう。



…だけど、だからこそ、忘れはしない。消させはしない。

この花と、私だけは――



「…証人になってやる。だから、お前も証人になれ。

私でも、歌が歌えると言うことの―」



私でも歌えると言ったのは彼だ。

彼に、この歌が届くだろうか。



ぎこちない声で、私は歌った。

僅かな自然の中心で、この腕に伝わる重みの歌を―。





.

靴紐のついた靴は嫌いだ。

いくら硬く結んだつもりでもすぐほどけてしまうし、

雨上がりの水溜りに紐が浸かってしまった日には悲惨なんてもんじゃない。

それでも、靴紐のついていない靴なんて革靴以外にはあまり無い訳で、

仕方なく靴紐を愛用していた。



『馬鹿だな、お前。そりゃ結び方がへったくそなんだよ』



そう言って、会うたびにいつも靴紐を結びなおしてくれる人が、いた。



近所の公園、青いベンチの近く。

彼はいつもそこに居た。

大概彼はいつも何かの本を読んでいて、右手から伸びた紐の先には小さなダックスフントが居た。

その犬はおとなしく、主人の足元で小さくなって寝ていることが多かった。

名前はなんといっただろうか。もう忘れてしまった。



その姿を認めて近づいていくと、彼はすぐに本から顔を上げて、

私の顔を見て笑いかけてくれた。

そして、その次は私の靴紐チェック。



『おいおい、またほどけてるのかよ。

相変わらず上達しないなぁ』



そう言って笑いながら、彼は靴紐を結びなおしてくれた。

彼の結び方なら、けしてほどけることはない。

しかし、硬い結び方な上にきつくとめてしまうため、

靴を脱ぐ時には一旦ほどかなければならなかった。



だからというわけではないが、毎度のように私は彼に靴紐を結んでもらっていた。

そして、他愛のない話をたくさんした。

それら一つ一つを思い出すのは難しい。本当に、ただの日常的な話だったから。

しかし、その時の楽しい気分と、彼の笑顔を思い出すのは、とても容易なことだ。



いつの間にか、そのベンチに集まる人は増えていた。

誰がいつ来たかなんて、細かいことは覚えていない。

しかし、多い時には8人ほどいたのではないだろうか。



日に日に、その公園は賑やかになっていった。

毎日は行けないが、行ける日には必ずその公園を訪れていた。

そして、人が一番多く集まる毎週日曜日を、私は心底心待ちにしていた。



―――月日は流れ。

今、その公園はもう存在しない。

変わりに、見上げれば目がくらりとしてしまいそうなほど高いビルが、

2つか3つほど居座っている。



彼らは今、どうしているだろう?

ここがなくなってから、彼らと会うことは皆無に等しくなってしまった。

あの心底嬉しそうな、優しい笑顔を見ることは、もう出来ないのだ。



今、友人には十分恵まれているし、

普段の生活は私にはもったいないくらい充実しているけれど、



だけど、何かが満たされない。



突然吹いたビル風が、私の横をものすごい勢いで通り過ぎていった。



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靴紐式の靴は苦手です。

さすがに誰かに結んでもらったりはしませんが、蝶結びって苦手で…orz

すぐにほどけてはその紐を踏んで自爆しかけたりとかよくあります。とほほ。

「…え?諦めちゃうの?」


「うん。何つーか、そろそろ潮時かなーと思って」


「ふーん、そうか…。

残念だなぁ、あんたの口から『恋』なんて言葉聞いたの初めてだったから、

いつか成功してほしいと思ったんだけど」


「そうだね…君が一番応援してくれてたよね。ごめんね。」


「いや、謝られることじゃないけどさ…」


「…恋じゃなかったんじゃないかなって」


「はい?」


「私が恋だって思ってたものは、恋じゃなかったんじゃないかって。

こんな経験…初めてだったしさ。

恋っていう感情が、わかってなかったんじゃないかって」


「そうか?私からすれば、あの感情は恋以外の何者でもなかったと思うけど」


「そうなのかなぁ…。

まぁ、諦めた今となっては、確かめようもないよね。


でもね、どっちかっていうと『尊敬』って感じだったと思うんだ。

あの人は…うまく言えないけど、今まで私が会ったことないような人種だった。

あんなに冷静に、物事を客観的に見られる人、初めてだったんだよ」


「まぁ確かに、あれは大人な感じではあるねぇ」


「すごい人だなって、思ってさ。

少しでも近づきたい、できるものなら追いつきたいって思って、

物の見方を変えたりとか、とにかくあの人に合わせていろいろ頑張ったんだよ。

そうしてるうちに、いつの間にか…って言う感じだったから、

結局は尊敬の延長線上のものでしかなかったのかも」


「恋ってそんなもんじゃないの?

何かの延長線上に存在しない恋は無い気がする」


「そうなのかなぁ?

でも今は、あの人とどうこうなりたいって言う願望は消えてるけど、

それでもあの人に近づきたいっていう気持ちは変わってないんだよ」


「なーるほど…複雑だねぇ」


「諦めるって言ったけど、それでもあの人とはいい友人関係のままでいられたらいいと思ってるよ。


…ねぇ。私、あの人みたいになれるかな?」


「そうだねぇ…。なれるんじゃないかな?

昔じゃ無理だったけど、今のあんたならなれる気がする」


「そう?ありがとう。でもあんまりおだてないで。

私、おだてられると調子に乗りすぎちゃうから」


「はいはい、そうでしたね。

…あら、すっかりさめちゃったね、このミルクティー。

今入れなおすから、ちょっと待ってて」


「ありがとう。でも、このままでも十分においしいよ。

君、ミルクティー入れるの上手だもんね」





.

それは、とてもあたたかくて



そして、茨のように私を締め付ける記憶



『だって、わたしたちともだちでしょ?』


『こまったときはおたがいさまだよ!だからそんなにあやまらないで』


『たすけがほしかったらいつでもよんで!いつでもすぐにとんでいくよ!』



『やくそく だよ』



記憶の中の少女は笑っていた。

それを見ている私も笑っていた。

あの頃が唯一、私が引きつらない笑顔を見せることのできた時期だった。



…今。

私の周りには誰かいるようで、誰もいない。

いつも引きつった笑顔を見せていないと、すぐに誰もいなくなってしまう現実。

心の底を打ち明けられる人物は、1人もいなくなってしまった。



それでいて、闇の深さは全く浅くなってくれなかった。

孤独が数多の触手となって、私を蝕んでいく感覚。



…そんな中、あの笑顔がちらついた。

今は近いようで遠くに行ってしまった、



…頼もしくて、とても憎たらしい、人。



奴が裏側で何をしていたのか、

今は知るよしもない。

知ったところでどうしようもない。



けれど、これだけは確かだった。



私には、綺麗な面しか見せてなかった。

汚い面は、私が感じていた光にかき消されていたのだ、と。



…嘘つき―――!!!



表面だけ綺麗なものを貼り付けられるくらいなら、

いっそのこと最初から汚い部分だけ話してほしかった…!



流す涙は、泣く前に枯れ果てていた。





.

足取りが重い。

かったるいのはいつものことだが、月曜日の朝はいつもの3倍以上だるい。

何故だろう、と自問してみた。

きっと頭を使ってないから、これからまた頭を使わないといけないのがいやなのだ、ということにしておいた。



別にサザエさん症候群ではないし(そもそも、我が家では最近サザエさんを見ていない)

学校が嫌いなわけでもない。

それでも、この繰り返される日常に、特に月曜日は嫌気が差す。

そうでなくても、休日と言うのは時間があるから、余計なことを考えてしまうのだ。



この休日、友人達はどうしていただろう?

2日ぶりに会う彼らは、金曜日のように笑ってくれるだろうか?



…それにしても本当に足取りが重い。

このまま学校にいくことなく、そこらへんに寝そべってしまえたらどれだけ楽だろうか。




「おはようー」



教室。

自由席だけど、習慣でついいつも座ってしまう、前から7列目の窓際の席。

そしていつものように、声をかけてくる友人。



先程までの不安を打ち消すように、

日常はいつものように私の前に降り注いできた。



「おー、おはよう」



そんな当たり前の挨拶も、いつもより幸せに感じる。

友人の笑顔、みんなの笑い声、すべてがいつもどおりで、私を安心させてくれる。



だけど、全く同じ日は、二度とやってこない。



こうしてまた、一週間が始まる。

毎日同じリズムを刻み、

それでいて毎日違う、日常がやってくる。



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朝のテンションで書いたら、もっと違う感じになってただろうな。

日記を小説みたく書いてみた感じになっちゃいましたが。



それでも、日常交わす「おはよう」という言葉。

たった4文字だけど、これを交わす相手、場所があるというのは、本当に幸せなことですよね。



…実はトレジャーハンター4人組の「月曜日がやってくるううううう」ネタもあったりした。

ま、それはまた機会があったらということで。

「うわぁぁぁぁぁ~~~~~~ん!!」



ものすごい勢いでドアが開き、啓が文字通り部屋に飛び込んできた。

そのまま目の前のテーブルに突っ伏して(テーブルにつまずいたせいなのかもしれないが、詳細はわからない)

わあわあと滝のように涙を流し、入ってきた時よりも凄まじい勢いで泣き始めた。



「何だよ啓ー、またふられたのか?」



窓際に置かれた椅子に腰掛け、缶コーヒーを飲みながら、

青也がニヤニヤと啓を見て語りかけた。

一瞬泣き声がやみ、顔をあげてちらりと青也を見た。

が、それも本当に一瞬のことで、先ほどの3倍くらいの勢いで再び泣き始める。



「ふっ、女の1人も捕まえておけねーとは、情けない奴だな。

俺なんか、通りすがりのお嬢さんに何度言い寄られ」


「その割りに、こないだ顔に手形つけて、超腫れ上がった顔で半泣きしながら帰ってこなかったか?」



…気まずい沈黙。

この後、テレビアニメなら「しばらくお待ちください」と言うテロップが流れたであろう光景が広がったのは言うまでもない。



「ほらほら、そんなに落ち込むなよ啓…これでも飲んでちょっと落ち着け」



窓際の惨事を無視して、尚也が台所から4つのカップを盆に載せてやってきた。

それをことりと啓の前に置くと、甘い香りにそそられたのか、つと顔を上げた。

中身は温かいココアのようだ。


ココアを一口飲むと、啓はようやく静かになった。

それでもまだ、少しぐすぐすいっていたが。



「まあ、気持ちはよーくわかるけどよ、あんまり気にすんなよ」


「そうだよ…女の数は星の数、ってよく言うだろ?」



啓の肩に手を置いて慰める尚也の言葉に合わせて、

(ぼろぼろになっている)青也が声をかける。

(ちなみに、潤也は潤也で別の思いにふけってしまったのか、窓の外に目をやったまま動かない)



「そ、そんなこと、いわれたってぇ…

僕に初めてできた彼女だったんだよ!?

僕が人生21年7ヶ月21日22時間43秒生きてきて初めて出来た彼女だったんだよ!!?

それが…それが1年もしないうちに別れることになるなんてぇ~~~」



いやに細かい数値が正確なのかどうかはわからないが、

とにかく、とてもと言う形容詞では言い尽くしがたいほど大切な人であっただろうことは間違いない。

再び、しゃくりあげる寸前のような顔をして、尚也や青也を見ている。

目は既にうさぎさん並に真っ赤になっていた。



「…ん?」



不意に、窓の外を見ていた潤也が声を上げた。



「あれって、啓の幼馴染かなんかじゃなかったっけか?」


「え!?」



しょんぼりとしていた啓ががばっと立ち上がり、窓際に走りよった。

尚也と青也もそれに続く。



「あぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!」



さっきまでの泣き声とは比べ物にならないほどの大声を上げる啓。

他の3人は耳が潰れんとばかりに、あわてて耳を押さえている。



「あれ、舞ちゃんじゃん!!うわぁ、すっごい久々!!

潤、舞ちゃんのことよくわかったね!!」


「あー、確か前、お前と話してるところを」


「僕、ちょっと舞ちゃんと話してくる!!」



潤也の話を聞こうともせず、

自分の顔が涙でぐちょぐちょな状態なのも忘れて、

啓は尚也の家から飛び出していった。

その顔に涙の跡はあれ、ほんの数秒前までの悲壮感は一切見られない。



「…すっかり元気だなおい」



啓が出て行き、半開きになったドアを呆然と見つめる3人。

その直後、「舞ちゃ~~~ん!!」と言う、啓の町全体に響き渡りそうなどでかい声が聞こえてきた。

呼ばれた本人は様々な意味でびっくりしながらも、久々の再会を喜んでいるように、顔をほころばせている。

啓の顔にも、満面の笑みが湛えられていた。



「心配して損したわ……」



対する3人は、その様子を見て、一様にため息をついた。

先ほどまでの泣き叫んでいた啓はどこへいったのやら。



でも、そんなもんなのかなと、尚也はこっそり思った。

確かに、啓が彼女を愛していた気持ちは本物なのだろう。

偽者の気持ちであれだけ泣けるのなら、役者になることをお勧めしたい。

でも、その痛みをいつまでも傷を受けた時の痛みのまま持っていたら、

人はその痛みに耐えられず、押しつぶされてしまう。

だからこそ、人は痛みを癒すと言うスキルを持っている。

啓の場合、その能力が著しく高かっただけだ。



―――だからこそ、時は流れるのだろう。

人間が痛みを癒すのを、手伝うために。



「…ま、元気になったんなら、それはそれでよかったんじゃない?」


「それもそうだな」



2人の顔を見ると、2人も同じようなことを考えていたのかもしれない。

青也は満面の笑みを呈し、潤也も口元に微笑を浮かべていた。



「よぉーし!啓が帰ってくるまでに、夕飯の支度済ませるかね。

2人とも、たまには手伝ってくれよな」


「いつもサボってるみたいに言うなよ!!尚がやらせてくれないだけじゃんかっ」


「手伝ってほしいと言うのなら手伝ってやってもいいぞ。闇鍋になってもいいならな」



3人は窓際から離れ、台所へと向かっていった。

啓の楽しそうな笑い声が、部屋の中に心地よく響いてきた。




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補足:彼らは別に同居している訳ではありません。

ちょうど尚也の家に集まっているところで今回のことが起きた、と。そんな感じです。



…おそらく夕飯は本当に闇鍋になっちゃったでしょうね(笑)

※TREASURE HUNTER4人組。



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―――この戦いに理性など必要ない。



熱い炎の上に4人の視線が集まり、

時々相手の目を見ては更に熱い火花を飛び交わしている。



パチッ…

何かのはねる音。



これを合図に、

4人の戦いが今、始まった。






「あー!啓の馬鹿!!それは俺の狙ってた肉だったのに!!」


「へっへー♪取ったもん勝ちだよーだ」


「畜生…ならこの肉は俺のもの…」


「こら。この領域は俺のものだぞ、勝手に手を出すな」


「なっ…鉄板の上に俺の領域もくそもあるか!!」


「あー!!取ったなこの野郎!!俺の領域を侵した罪は重いぞ!!

貴様の命を以って償ってもらおうか!!」


「あー…あのさ、肉はまだまだいっぱいあるんだし、

食べ放題なんだからそんなに熱くならなくても…」



現在、啓・青也・潤也・尚也の4人は焼肉パーティー中。

いや、正確にはパーティーではない。

4人はトレジャーハンターであり、今後の目標地を決めるために集まったのだ。



…が、ハングリー精神の強い彼らはそれどころではない。

普段から何かとツッコミどころの多い彼らだが、

食べ物を前にすると、理性などどこかへ吹っ飛んでしまう。

それこそ、荒野で食べ物を探す猛獣の如し。



ふと、啓と潤也の動きが止まった。

鉄板の上を見ると、ひとつの肉の上に箸が2対置かれている。

…いや、押さえつけられていると言うべきか。



「じゅ~ん~!?僕が先に取ったお肉なんだけど!?」


「お前のものは俺のもの!

他に肉はいっぱいあるだろうが!!」


「だぁめ~!!これが一番脂が乗ってて焼き加減もちょうどいいの!!」


「その台詞、そっくりそのまま返させてもらうぜ!よこせーーー」


「うっせーよお前ら!!んなことしてる間に肉が焦げるだろうが…

…あ゛ー!!ちっこいのが下に落ちたっ!!

ちっこいけどうまそうだったのに……」



いまだに肉を譲ろうとしない啓と潤也(だんだん焦げてきているのは言うまでもない)と、

1人沈み込んでしまう青也。

そこに、黙々と肉や野菜を足していく尚也。


この様子ではきっと、今日も話し合いが行われることは無いだろう。

肉が尽きるころにはみんな満腹になって、話し合う気など失せてしまう。



(俺達…いつになったらトレジャーハンターらしいことできるんだろう……)



次々と減っていく鉄板の上の肉を見やり、

少し焦げ目のついた野菜をつつきながら、

尚也はひそかにため息をつくのであった。






.

「設定」にないキャラは、大体その話限りのキャラです。


□TREASURE HUNTER

文字通り、とレジャーハンターを生業としている者達。

…が、どこか抜けたところが多く、実際にハンター活動をしたことは少ないとか。


構成

・島崎啓:23歳。精神年齢は10歳あるかないかで、かなり子供っぽい。機械整備は得意らしい。

・飯島青也:23歳。どこかずれてる天然。いじり役に見えるが、基本的に「やられ役」である。

        料理は嫌いではないらしいが、その腕前は潤也以外のメンバーを卒倒させるレベル。

・大川潤也:23歳。クールキャラのはずが、やっぱりどこかずれていて、基本的に何でも食べる。悪く言えば味覚音痴。

       少林寺拳法が得意との噂。

・大野尚也:22歳。4人の中では一番まともな性格。ツッコミ役に徹し、いつも損な役回りになってしまう。

       料理は専ら彼の担当となっている。青也が暴走しない限りは、だが。



増え次第、随時追加していきます。