小学校5年生の息子が学校で委員会の役員を決めるときに泣いたえーんらしい...


息子はなんとしてでも図書委員を譲りたくなかった。


息子が本好きで図書委員の使命を心得ているつもりだった...





しかし図書委員に立候補したのは7人。


そして図書委員を決める方法は「じゃんけん」だった


息子は放送委員になった


息子は泣いたえーん







翌朝、あまり元気のない息子を見て、どうした久しぶりの学校はどうだー?と聞いてみると、うん普通。



普通か...



その後、昨日あった委員会を決めたことを話してくれた。



息子は使命感を持っていただけに、じゃんけんで決めることに納得がいっていなかった...




父親である僕は、


「これも運命だ。きみが将来やることのために必要なことを、神様が今やっておけと言っているんだよ」


とわかったようなことを言った。



そのことに関して息子は反論しまくった...



そしてまた泣いたえーん





息子の論点は、「神様」ではなかった...ガーン



図書委員になれなくて、放送委員になった理由なんてどうでもいい



図書委員になれなかった悔しさはあるものの、



じゃんけんで決めると言うことが納得できなかった...ということだった





「泣く」は、言葉では伝えきれないときの表現




子供は伝えきる言葉と、伝えきった経験と、知識量において大人に劣る



だから、伝えたい気持ちはあるが、伝えきれずに「泣く」



大人は、当たり前と思っていることを、常にアップデートする必要がある



そして子供の気持ちを聞く耳が必要だ



夫婦、家族、学校、地域、社会、あらゆることをスピーディーに、より良くするためには、当たり前を横に置いておいて、弱者の意見を聞き耳が必要かもしれない