クスノキの番人
監督:伊藤智彦
感想
実写というのは、それだけで祝福だ。
たとえ何気なく写したものでも、そこに映る家には暮らしてきた人々の年月が、川にはその瞬間にしか存在しなかった流れが、そして空を見上げれば、そこには何十億年も昔から地球を見守ってきた月の姿がある。
東野作品の映像には、いつもそうしたものが刻み込まれていた。僕はいつも(部分的には)そうしたものを楽しみに見に来ていたのかもしれない。でも、今回は初のアニメだ。どうだろう…ね。
冒頭、少し作画がぎこちないか。でもそれより何より、マスコットみたいに描かれるフクロウが気になる。作品のリアルのレベルが一気に下がる。ああ・・・こういう感じか。
バカでかい月に照らされるクスノキのオープニング。監督は伊藤智彦、「ああ、S.A.O.の人か」。その時はとくに何も感じなかったけれど、ほどなくこの監督がどういう監督だったか気付かされる。「そうだ、この監督、めっちゃイヤな奴をあえて描く人だったわ」。
結局、この人も自分のフォーマットに落とし込んでいるだけ、それが川原礫(SAO)でも、東野圭吾でも変わらない。ムダに広い空間、意味のないAR描写、コミカルなファッションショー、自身が助監督を務めた『サマーウォーズ』みたいな大仰な芝居。すべて、すべていらない。テンションは二段階くらい下げたっていいよ。もっと淡々とやってくれ。
こういう映画を見ると、心が凍っていく。
千舟さんのキャラデザもサイアクだ。なんだその髪型は、なんだその奇抜な服は。もう、なんでもかんでも「アニメ」にすんなよ。あと、劇伴もサイアクだったね。
物語自体は、さすがに東野さんらしく泣かせるところがある。でも、泣かせる映画がそのまま良い映画だとは限らない。
クスノキに吹く、ひんやりとした風が頬に当たる。僕はそういう映画を見たかった。
☆☆☆(3.0)
アニメーション映画『クスノキの番人』 本予告映像① 【2026年1月30日(金)公開】
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『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』
監督:村瀬修功
感想
ハサウェイは嫌いだ。あの顔を見るたび「クェスとかいいから、てめえはまずチェーンに謝れ」と思ってしまう。物語の主人公として彼が許されているのも、富野さんの変な肩入れに過ぎないと思う。作者があるキャラクターに肩入れし始める時ほどつまらないものはない。
そもそも映画の作りとして物語的ではない。設定だけがあって、断片的に紡がれていく感じ。編集前のまとまりのない映像を見させられている感じなんだよね。MVみたいなシーンを入れる手法もあるんだけれど、それも流れの中に入っているというより、単にそこに入っているみたいな感じだった。
そこでギギがひとつの横糸として全体を貫いていくのだけれど、なんというか「オトコ」の書いた「オンナ」だなって。それも一昔前のね。
あとは、懐かしい顔のファンサービス的な出演もあるけれど、「別にこのシーンいらなくね」って。物語にも映画の作ってきた感情にものってない。また「逆シャア」の回想シーンもあって、そこへの遷移はそんなに違和感はなかった(あの劇場版Zの違和感に比べれば100倍マシ)。
まあ、そんな感じ。
ただ、映像は目を見張るものがある。
印象的だったのは、常に状況の中で被写体を見せていたこと。たとえば、モビルスーツが飛び去る際には、島の植物の間から見せる。あるいは、コックピットからメカニックルームを見せる、水滴のついた窓ガラス越しに外の景色を見せるみたいな。
もちろん、こうした技法は昔から使われてきた技法だけれど、この作品では常に常にそれが意識されていた。ひとつのものを見せるのに、ふたつのものの間からそれを見せるみたいなことをずっとやっていた。そうして世界が立ち上がる。
引き(ワイド)のカメラも良かったね。僕はもともとあまり寄りすぎるの好きではないのだけれど、ワイドで捉えることでちゃんと世界の中にそれが存在しているという感じが出ていた。
僕らの身近にある景色がそこにあるという感じもすごくした。電車の車窓から見える景色とか。FPS的な場面もなんかそんな感じがした。映像が氾濫する世界のなかで、僕らが普段見慣れている景色。
とくに夜のシーンは美しかったね。バイクが坂道を上ってヘッドライトの灯りが少し先を照らしていくシーンは、なにげなかったけれど、宮崎駿を感じたな。
気になったのはCGによるカーテンの描写かな。あれわざとなのかね。あそこだけ妙に現実的で生々しくて、なんだか逆に幽霊みたいに見えた。
☆☆☆☆(4.0)
1月30日公開│『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』本予告
前作のレビュー↓
https://ameblo.jp/flowinvain/entry-12704603765.html
監督:村瀬修功
感想
ハサウェイは嫌いだ。あの顔を見るたび「クェスとかいいから、てめえはまずチェーンに謝れ」と思ってしまう。物語の主人公として彼が許されているのも、富野さんの変な肩入れに過ぎないと思う。作者があるキャラクターに肩入れし始める時ほどつまらないものはない。
そもそも映画の作りとして物語的ではない。設定だけがあって、断片的に紡がれていく感じ。編集前のまとまりのない映像を見させられている感じなんだよね。MVみたいなシーンを入れる手法もあるんだけれど、それも流れの中に入っているというより、単にそこに入っているみたいな感じだった。
そこでギギがひとつの横糸として全体を貫いていくのだけれど、なんというか「オトコ」の書いた「オンナ」だなって。それも一昔前のね。
あとは、懐かしい顔のファンサービス的な出演もあるけれど、「別にこのシーンいらなくね」って。物語にも映画の作ってきた感情にものってない。また「逆シャア」の回想シーンもあって、そこへの遷移はそんなに違和感はなかった(あの劇場版Zの違和感に比べれば100倍マシ)。
まあ、そんな感じ。
ただ、映像は目を見張るものがある。
印象的だったのは、常に状況の中で被写体を見せていたこと。たとえば、モビルスーツが飛び去る際には、島の植物の間から見せる。あるいは、コックピットからメカニックルームを見せる、水滴のついた窓ガラス越しに外の景色を見せるみたいな。
もちろん、こうした技法は昔から使われてきた技法だけれど、この作品では常に常にそれが意識されていた。ひとつのものを見せるのに、ふたつのものの間からそれを見せるみたいなことをずっとやっていた。そうして世界が立ち上がる。
引き(ワイド)のカメラも良かったね。僕はもともとあまり寄りすぎるの好きではないのだけれど、ワイドで捉えることでちゃんと世界の中にそれが存在しているという感じが出ていた。
僕らの身近にある景色がそこにあるという感じもすごくした。電車の車窓から見える景色とか。FPS的な場面もなんかそんな感じがした。映像が氾濫する世界のなかで、僕らが普段見慣れている景色。
とくに夜のシーンは美しかったね。バイクが坂道を上ってヘッドライトの灯りが少し先を照らしていくシーンは、なにげなかったけれど、宮崎駿を感じたな。
気になったのはCGによるカーテンの描写かな。あれわざとなのかね。あそこだけ妙に現実的で生々しくて、なんだか逆に幽霊みたいに見えた。
☆☆☆☆(4.0)
1月30日公開│『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』本予告
前作のレビュー↓
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