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想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

果てしなきスカーレット

監督:細田守

感想(ネタバレあり)
 そうね、とりあえず今ごろ行ってみた。

 冒頭、地獄での背景描写のディテールに驚かされる。ただ、キャラクター自体はセルルックだから、ピクサーの背景にキャラクターだけ日本アニメみたいな。そうした描写も見てるうちに慣れてくるかなとは思っていた。

 問題は別のところにあった。16世紀末のデンマークに話が移る。要は『ハムレット』をベースにした話が繰り広げられるわけだけど、その解像度がとんでもなく低い。

 原作の『ハムレット』の先王(父)は勇敢な戦士であり、クローディアス(叔父)とガートルード(母)が結託して密かに毒殺している。この秘密は周囲には絶対にバレてはいけないんだ。

 ところが、この映画では先王は平和主義者として描かれ、娘に対して自分らしく生きろみたいなことを言う。安っぽい現代的思想で紡がれる言葉。そして、クローディアスは彼を敵国に通じたとして公開処刑する。民衆がこの処刑に大反対している中で。馬鹿な。民衆の怖さ知らんのかな。

 そもそも、権力構造がどうなっているかまったく不明。有力諸侯がクローディアスについているみたいな描写もまったくない。だからなぜ先王が権力を失ったかもよく分からない。この時点で僕は、この映画は『新解釈・三国志』と同程度の歴史観しかないように見えた。福田雄一は自分の映画がバカ映画だと理解しているけれど、この監督はそれを理解していないからより性質が悪い。

 シェークスピアを題材にしているのに、物語に必然性が何も感じられないのもサイアクだ。地獄で唐突に現代人に出会うのもそうだし、最終局面で唐突に山上に助けがくるのもそうだし。どうしてもこうでなければならなかったという必然性が何も感じられない未熟な脚本。こんなんでシェークスピアを語るな。クローディアスにそんな安っぽいセリフを言わせるな。

 ありとあらゆる時間がない混ぜになった地獄の描写は、SFとかでありがちだけど決定的に違うところがある。この世界にはなぜだか未来人がいない。大量に人が死んだ大戦のころの人もなぜだか見当たらない。現代日本人(聖)がひとりだけ最先端で、未熟な文明のひとたちを助けるって幼稚な描写。あげく自らの考え(人権思想)をお姫様に押し付ける。よくこんなの許されたな。

 程度の低いラノベ(ラノベ自体が程度が低いという意味ではない)のような脚本。お姫様は現代文化に憧れて、逆では決してない。聖が当時のデンマークの文化に触れる描写はひとつもない(スカーレットを経由せずに渡されるリュートはどこの物として提示されているか不明)。たまにあるスカーレットの微妙なセクシーシーンもノイズだし、聖と男女の仲になるのも本当にきしょい。日本アニメの悪いところが全部出てる。

 もうひとつ、古今東西が綯い交ぜになるこの地獄の描写は僕には「逃げ」に思えた。16世紀末のデンマークを徹底的に描くわけではなく、『LoTR』みたいにひとつの世界を言語体系からすべて作るのではなく、ただ古今東西あちこちの風物を軽く撫でるだけ。唐突に挟まれるフラダンスのシーンなんか本当に呆れた。それぞれの歴史や文化について勉強しているようにも見えないし、「手抜きだよね」って思ってしまった。

 よくあるラノベなら、これをドラクエだかD&Dみたいなこれまでずっと作られてきた世界を流用して皆の共通理解を利用する。ところが、この映画は下手に『ハムレット』を題材にしたせいで、そうした世界観を流用できていない。その代わりに提示されたのが、この手抜きの世界だ。

 『LoTR』っぽいのは、膨大なモブがそれぞれ動いているところだけ。『ハムレット』らしいのは、登場人物の名前だけ。最後の演説なんて新興宗教みたいに感じて、「なにこいつ…」って口の中で呟いてしまった。この監督に言いたいことはひとつだけ。

 あなたはこの時代に本当に向き合ったのか。

☆☆★(2.5)



『果てしなきスカーレット』<11月21日(金)公開>