才能について考えていくと
凄いことに気づいた。
今日は、私が才能の周辺で
生きていた頃の事を話そうと思う。
才能の周辺で生きるとは、
一言で表現するとこんな感じだった。
「私が仕事を探すのではなく
仕事が私を探してやってくる状態」
☝️これ、体験した事あるかな⁇
この言葉を聞いた時にピンッと来た人は、
現在才能の周辺で生きているか、かつて
その周辺で生きていた経験があるはずだ✨
私の場合は、塾の講師をしていた時。
19歳から24歳までの5年間は
塾・専門学校の英語講師。
25歳から27歳までの2年間は、
海外で日本語教師を体験した。
27歳で帰国してから1年間は
また英語講師に戻った。
塾の講師をしていた時、
私は本当にたまたま才能の周辺に
いたんだと思う。
「わかりやすく教える事」が
すこぶる得意だったし、
特に、やる気はあるが英語を不得意な子の
成績を上げるのが楽しくて仕方なかった。
英語は楽しくて、
世界が広がるツールだと
教えていた✨
例え英語は得意でなくても、
「世界は広いんだよ。」
「生きる場所は多様なんだよ。」と、
教える事が好きだった。
私自身が、国際的で自由な
感覚が大好きだったから♡
授業は夜の7時からスタートだが、
夕方の4時には出勤して
その日の授業計画を立てる。
ワークシートをデザインする。
ここで生徒を笑わせようと考える。
授業の最後は必ず
面白い話で締めようって決める。
そんな風にワクワクしながら、
授業の段取りをしていたから
私にとって働いている感覚は
殆ど無かった。
もちろん、早く出勤しても
お給料は固定だけど💦(^◇^;)笑
そんな状態で何年か過ごして
いよいよ大学を卒業する頃、
新しくできた専門学校から
英語の講師として働かないか?
という嬉しい申し出が❣️
私はほぼ就活せずに
就職が決まった✨
そこで2年間働きながら、
夜は塾の講師も続けていた。
その頃の私は多分
今よりもずっと稼いでいたのに
稼いだお金を使う事に興味がなかった。
だから自然とお金も溜まっていたなぁ。笑
その後、私は溜まったお金を持って
中国へ❣️
活気のある国に興味があったし、
当時、発展途上の国は面白かった。
そこでも、英語講師をしていたと話を
したところ、「古川電工」「トヨタ」
「三洋」と大きな会社の方々に
日本語を教えてみないかと誘われた。
20代の10年間はまさに
次々と私の人生が発展し、
展開していく感覚を常に感じていた。
そんな経験を通して
私にとってその感覚が、
「才能の周辺で生きていた証拠」
だと思っています。
才能の周辺で生きるとは
人生が次々と発展する感覚を
伴うものだという実感があるのです♡
逆に!(◎_◎;)
才能の周辺で生きていない時は…
まるで空回りしているラットのように
どんなに頑張っているつもりでも
1歩も前に進んでいる気がしない。
物事がうまく発展していかない。
何だかずっと同じ場所をぐるぐるしている。
そんな感覚があると思います。
私は20代の頃とは打って変わって
30代はこの「進まない」感覚に
囚われる日々でした。
そこに気づいたのはやっと最近。
見直す時期に差し掛かっている
という事なんです✨
才能の周辺で生きていた10年と、
才能の外を生きていた10年。
両方を経験したからわかる。
それらの生きやすさと生き辛さの感覚。
もし、頑張っているのに
生き辛さや何かが詰まっている感覚が
あるならば、
もしかしたら今一度、
自分を見直す時期に来ているのかなと
思ってみたらいいと思います。
ぜひ、才能の周辺で生きていこう❣️
👇写真の本は本当に参考になるよ♡
オススメでーす!
