アセンションの定説とそれについて


すごい思ってたんですが。


やっぱ「アセンションの波に乗れる人 

乗れない人」って括って

「ポジティブな地球」「ネガティブな地球」に別れて行くって考え おかしいんじゃないでしょうか。


そもそもわかれてふたつになるんだったら、なんのために宇宙人は見に来ているのですかね。

行ける人がどんだけいるかなんか興味なくね? 


そうじゃなくて地球全体のタイムラインにおける"可能性"なんじゃないだろうか 


スピリチュアル界隈でなんか少し"ズレた"情報が与えられている感じがここに関しては時々します。 


それが証拠に

「楽々でキレイな地球に行くんだ〜」っていう感じで

「ポジティブな面」にばかり

「ふわふわ」と 

している人というのは 


陰陽太極図でいうところの法則を理解していない感じがするし。

(そもそも陰を見ようとしてない感じ

本来両方あってひとつなわけなのです。


草食動物がいればその数を整える肉食動物がいるような感じで世界って成り立ってると思うんです。


んで,「楽々なキレイな地球に行くんだ〜」思考になってることのおかしい点っていうののもうひとつが

(ひとつめは陽にしか目を向けていないふわふわ感の危うさ)


「自分が行く」という1点にフォーカスしているところ 


言い方を変えれば 

「元々ある明るい場所に"私が"行く」

この思考にエゴや違和感を感じます。 

「あなたは"私達側だと思う"」って言われた時はすごく違和感でした。


その考えにのっとると 

「他の人なんてどうでもいい」と

思う人すら出るのではないでしょうか


確かに「ワクワク」は大事です。 

自分が本質になり,明るいエネルギーを放っていくことで「周りにも」良い影響を与えることができます。 

これは間違いない。


ただ,あくまでも

「ポジティブな地球とネガティブな地球(おおまかに)があってそのポジティブに私は行くんだ」 

という前提になっていると


それってただ自分が行くだけだし 

他の人は"ついてこれなかったらそれでいい"みたいな感じになりません

勿論自由意志ですよ。 

でも「エゴ」じゃないですか?


本題です。 


客観的に見てみましょう。 

「元々たくさんの地球があってそのそれぞれにみんなが勝手にわかれていく図」を見になんで宇宙人がわざわざ集まるんですか?助けるんでしょうか。


それってあくまで可能性としての

エネルギーの話じゃないでしょうか 

と私は思っています。 


それだと「なにがチャレンジなんだ?」と私は思ってしまいます。 


説明がまだおへたなんですが 

言いたい事わかるでしょうか


前者の思考に基づくと,「他人を助ける」ことに希薄な人が生まれ,エゴのエネルギーを受け容れたなんだか「気持ち悪い」ポジティブな人が一定数生まれるのではないでしょうか。 


ここに罠があるかも?と思います。 

というか罠ですよね... 

だってそれだったら「誰も助ける必要ない」し「協力して4次元の基本ベースである"私達"になる」という「愛」から遠ざかりますよね。 


まず,宇宙人から見て「面白い」としたら

やっぱ「チャレンジ」だと思います。 


確かにこのアセンション時期において色々なレベルの人もいるし、

闇も出たらカオスにもなりますよね。 


でもさ,そもそも「愛と光」は注がれ続けるわけです。 

恐れが出てくるとしてもネガティブが放出されてるだけなんじゃないかなと 


いつかそれが注がれ終わった時に 

間に合わなかった人? うーん 

なんかおかしくね?って 

わしインディゴなんで思います。 


そもそも矢印は光に向いてる訳です。 

それを体験しに来てるわけです。 

「私たちさえキレイな地球に行けばいいんだ」この思考って

増えるとあんま良くないんじゃないかな 


わかりずらかったらすみませぬ


最後に。 

じゃあ実際にはどうなんだ?って

とこを書きます。 


多分,ポジティブな地球やネガティブな地球 これは「可能性として」実際ありますよね。 


非常にたくさんのタイムラインが存在していると思います。 


ただあくまでこの地球って肉体があります。


あと,「地球のアセンション」と「我々のアセンション」は表裏一体です。 


我々の何パーセントが本質になれるか

これが"他の人が本質になれるか

ってことなのではないでしょうか


裏付け⇒100匹目の猿 

これ,「私はポジティブな地球に行くんだ〜」ならこの理論いらないですよね 


あと 

ついてこれない人 選んでない人 

そもそも退場したりするのでは

(否定的な意味ではないです

それを通して「行く」存在たちの助けになってくれるような形 の方が納得です。


つまり,我々がどう自分らしくなっていき 本質になっていくことで

「目覚めていくか」これは

個人プレーじゃありません。 


自分を救うことが他人を救うことになる。 

これは事実です。ワクワクしましょう。


けど「私が」だとエゴになってしまう 

「私達が」でいきましょう。愛で 


多分,地球のタイムラインが最終的にどういう風になっていくのか

地球がどういう風にアセンションするのか うまくいくのか? どきどき

これを"見たい""助けたい"んじゃないでしょうか。 宇宙人とかみんなは


そして,

そのためには「我々がどれだけ目覚めていくか」が大事なのではないでしょうか。 

関与していくのではないでしょうか。 


「私がキレイな地球に行く」理論なら

「原子力発電所が暴発した」の影響を宇宙人の方がなぜわざわざ助けてくれたのでしょうか。 まずいからですよね。 

自分が行けばいいだけならそうはならないと思います。


今一度思い出しましょう。 

大事なのは愛です。 


では‪( ◜ω◝ )