先日、長女がつぶやきました。

「ホントはね、ゆいちゃんが悪かったんだよ」

今まで聞いたことがない言葉で、
思わず「えっ?」と聞き返してしまったのだけど、
この言葉は別の場面でもう一度聞くことになりました。

念のため、担任の先生にお尋ねしたところ、
学校でもその発言があったとのこと。

先生曰く、「お友達が使っている言葉を真似しているのかもしれませんね」。


なるほど、この言い回しは、誰かの真似をしているのかもしれないけれど
長女はもともと、「自分が悪い」と自分を責めるところがあります。

それは、私の未熟な子育てゆえでもあるし
彼女が持って生まれた特性でもあるのだろうけど、

ふと、私自身が「自分が悪い」と思っているからだな、と
思い当たりました。


そうそう。私は小さい頃、
私を叱り、睨みつける父の顔を見て、
「自分が悪い、怒られても仕方ない、私が悪いから」って、

母の「どうしてあなたはこうなんだろうねぇ」という言葉を聞いて
「どうして私はこんなに悪い子なんだろう」って、

「お父さん、お母さん、悪い子でごめんなさい」って、思ってました。


子ども時代を思い出すとき、決まって思い浮かぶ光景は、
黄昏時に近所の野良猫を抱っこしている自分の姿。

そしてそこには、

すーっと消えていってしまいたいような、
なんだか、行き場のないような、
何とも言えない虚無感みたいなもの


が漂っている。


本当は、ただただ、両親を愛していて
ただただ、両親に愛されたかった。

だから、期待に応えられない自分が悔しくて、悲しくて、
自分を責めていた。

両親は、ちゃんと愛してくれていただろうに。
ただ、不器用なだけだったろうに。

そして、両親もまた「自分が悪い」と思う人たちだったのかもしれない…

というか…人間は皆、「自分が悪い」と思っているのかも。
人間の本質として、原罪として。


だから、私の子ども時代と同じ思いを抱いているかもしれない長女を
ただただ、抱きしめる。いっぱい、抱きしめる。

ゆいちゃんは、悪くないよ。
ゆいちゃんは、本当にいい子だよ。
ゆいちゃんが、大好きだよ。
生まれてくれてありがとう…



そして、長女を抱きしめながら
子どもの自分を、抱きしめる。
子どもの両親を、抱きしめる。

全て抱きしめて、全てを赦す。

悪くない、悪くないんだよ…
そのままで、いいんだよ…