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flow into space

美味しいもの、大好き♪口福の記録。

父の退職日に花束を贈りました。
父に花束を贈るのは初めてかも。
(ちなみに、次に父に花束を贈るときはいつだろうかと考えたら、なんだか悲しくなったので、それまでに色々理由をつけて、お花を送ろうと思います。)


大学を卒業して、東京で就職して働いたとき、その大変さを実感して、長く働いて養ってくれた父親に頭が下がりました。


父の退職にあたって思うことは、人並みのことができず、いつまでたっても安定しない娘で、申し訳ないなあってこと。
わたしは、父の娘で幸せです。
もうひとつ、姫路には嫌な思い出ー今となっては笑える思い出があります。


入社式のあとに、姫路の書写山で受けた研修です。


単なる洗脳研修だったのですが、よく知らない人から何かを強要されるのが嫌いなわたしには苦痛でした。

初日の晩に、家族に電話する時間が与えられるのですが(携帯電話は没収されてます)、その電話で父に「こんな研修、やってられないから、今から書写山を下りて帰る」と言いました。

今から下山といっても、もう夜で真っ暗でしたから、現実問題、下りられたかどうかは疑問ですが、そのときは真剣に山を下りるつもりでした。


父の返答は、「朝まで待って。今下山して遭難したら、捜索隊を頼むことになって大変だし…。朝になってから下山してくれ。」でした。


その返答に何だか拍子抜けしたわたしは、下山するのを止めました。


そのときは、「書写山なんて二度と来ない!」と思っていたのですが、今回旅行で登ることになりました。(研修時は歩いてあがりましたが、今回はケーブルであがりました)


書写山に久しぶりに上がると、なんか感慨深いものがあるかなあと思ったのですが、特にありませんでした。
朱印帳も忘れたし、また登りに行くかもしれません。
姫路はわたしにとっては苦い思い出のある場所です。

最初の就職は営業職で東京都内を回っていました。

一番尖っていた時期であり、一番自分自身を知らない時期でもありました。

会社は中小企業で、就労規則なんて全然なくて、朝5時くらいから夜中まで働く営業マンがたくさんいるような会社でした。

仕事でも恋愛でもうまくいかなくてボロボロになったわたしは、退職届を出しました。
東京で働いて生活する意味がみつけられなかったのです。


でも、退職届は受理されず、姫路の支店に転勤させられました。


姫路で半年働いて、再度、退職届を出して、やっと辞めさせていただきました。

半年働いて生活していた姫路のはずですが、断片的な記憶しか残っていません。当時の会社の場所(今は新しい場所に移転)、住んでいたマンション・買い物していたスーパーも全く思い出せません。


そんなもんなんですかね。