セラピーの勉強をしていた時の、クラスメイトの言葉が
深く心に残っている。
それは、「このクライアントに、どうセラピーするか」という発表時のこと。
彼女は・・・・・
「まず お茶をお出しします。それから△△を□□して、・・・・。
そして、ココでもう一度お茶をお出します。
少しして あらためて、はじめます。○○を□□して、・・・・・・。
最後にもう一度、お茶を出します。」
と発表しました。
セラピーやマッサージの前後にお茶を出される事はありますが、
途中でもなんて、 医療従事者の私には、目からうろこでした。
先生から、「なぜお茶を?」と聞かれて、彼女は
「リラックスして くつろいで頂きたいので」と答てえました。
私の頭に、彼女がお茶を入れるイメージが ガツン!とインプット。
「お茶を出そうという気持ち」
「お茶を入れたいという気持ち」
私は、「まず △△を□□して・・・・・、・・・・・、○○します」と発表しました。
私は、 「自分がやる事だけ」 にしか 注目していなかった。
それ以降、仕事中に 彼女がお茶を入れるイメージが
ぼん!と出てくる時がある。。。
患者さんに対して そっけなくなりそうな時だ。
彼女がお茶を入れるイメージが ドカンと湧いてくる。
イメージの中の彼女のお茶、、、 湯気を立てて、あったかい。
すると 私は ふっと 優しい気持ちで 患者さんに向き合えている。
この効果は、数ヶ月だと思っていた。ところが
いつもは居ないのに、きっと私の頭のドコかに居て
数年たっても、 タイミングよく現れる。効果が薄れない。
私の中で、このイメージが出てくることをを、「M 効果」、
このお茶を 「M tea」 と呼んでいる。
いまは、 「イメージの中のMさんが入れたお茶」 を
【私が感じているだけ】 だけど
彼女の入れたお茶を 【自分が相手に出す】イメージができるといいな。
そして、
いずれ、
【私自身がお茶をいれ 相手に出す】イメージを持てるといいな。
そう、あの場所には 心地よさには
wellcomな感じがあったんだよね。
ビョーインに来るって ‘好ましくない状況になってる’ってコトから、
wellcomって どうかと思うけど、
目を向けて 受け入れてもらってる感じって
心地よいんじゃないかな。