私の息子に身体を張って厳しく教えてくれたのは、野球の指導者や学校の先生といった周りの大人たちだ。それと友人たちだろうか。私自身は息子に何の痕跡も残せていないなという感じがしていた。
17歳の誕生日、私は息子の耳に、ゼロから爆発を起こして生まれた宇宙の音を聴かせたのだ。何かを目論んでそうしたわけではなかった。けれど17歳の最後の日に息子は突然、起業すると言った。宇宙の爆発の火種が一年かけて導火線を伝って彼に火をつけたのかもしれない。思いもよらず、息子に一発仕掛けてやったという愉快な気分に私はなった。例えは古いが、梶井基次郎が丸善に仕込んだレモンの爆弾みたいな感じである。
17歳最後の日に起業した息子は、一日中ネットで何かを調べたり、起業家に会いに行って話を聞いたりするうちに、顔つきが変わって行った。ときおり遠い目をして、野原に散歩に行っては戻ってきた。起業したならこうすべきだ、ああすべきだ、どうするつもりなの。様々な人の言葉を吸収するうちに、自分が自分でなくなっていくような思いにとらわれるという。そんなときは野原に行ってしばらく深呼吸をする。深呼吸をして前のめりになった自分を立て直すのだという。
高校三年生の秋、回りが受験で目の色が変わって来る頃に、息子は「何者でもない奴らのトークライブ」というイベントを企画した。第一回目には、同じ歳の高校の友達を連れてきて、これからの自分、人間関係、学校といったテーマで話をしてみる。等身大の自分は、まだ何も成し遂げていない、何者でもない人間であるということに気がついたのでそこからスタートするのだという。