こんばんは~
ちだ るいです。
大好きな日本舞踊にいってきました❤
半帯と着物の色が似合わないわ~
と思いながらも載せてしまいました(´∀`*)ウフフ
今回の踊りでは恋心を踊ってこのような体制になっているのだけど。
んまぁこの体制をとっているのが私には至難の業でして。
アキレスけんがきれるかと思いました。
先生に、
先生!もう足つりそう。
足痛いです(つд⊂)エーンと
お伝えしたところ、
”美しく見える姿勢は楽したら手に入らないのです”
慣れてしまえばどうということでもありませんよ~
と
サラっとかる~くいっていました(笑)
先生の女性らしい何気のない動きと言ったら、
女性が女性に惚れてしまいそうなくらい
うっとりしてしまうのですね。
まぁ
でもそうなのです。
話を戻してしまうと、
楽して得られるものというのは、
”それなりのもの”なのですね。
自分では美しくできていると思っても、
先生からしたら、
まだまだね フッ( ̄▽ ̄)
となるわけです。
よく自己流はやめた方がいいですよ。
というのは、そういう事です。
何かを学ぶ事や
知る事というのは、
先に歩いている人がいるわけです。
(ちなみに日舞の先生は8歳から
日舞を行っているベテランさんです)
ようは、自己流は自己満足なわけよね。
もう1人〇ッチもいいとこね。
相手が満足していると思い込んでる人と同じよね。
他の学びも同じだけれども。
この人から学んでみよう!と極めようと思ったら
3年はかかるわけです。
”修破離”
という阿弥陀さんの
言葉があるのだけど、
3年すぎるまでは、基礎をきっちりまなんで
初めて少しづつ新しいものができるといっているの。
アートとかでもなんでも、
最初に先生がいるじゃない。
物ごころついたときから
ずーっとやっていた人は別よ。
先生について、少しづつ自分の考え方を
足していき、新しいものを作っていったり、
自分の考えとして新たな物をつくれたりするのね。
極めないにしても、自己流というのは
”楽する”に近いと私は思うのよね。
どこかで自分しか信用できていない証でもあり、
誰ともわかりあえることもないという事でもあるの。
ある意味、
自分を大切にしていない事につながると思うの。
例えば、一時的に健康的なサプリメントを飲んだり、
一時的なファスティングをしたとして、
その時はよいとしても、
それ以外の事がなにもかわらなければ、
行っている時以外は何も気を付けなければ
スゴロクみたいに
「1」
からスタートよね。
(あれ虚しいわよね~
ギャー!Σ(゚д゚lll)ガーンってなっちゃう)
健康の場合、
酷い場合はマイナスからのスタートですけど( ̄▽ ̄)
結局
ずーーーっとぶれちゃうわけですね。
いつまでもプラスにいけない。
もっとね。
自分を信じていいと思うのよね。
「大丈夫だよ。学んでダメでも
またもう一度やり直せるじゃない
自分は!」って。
何度でも上手くいくように、
やり直してみたらいいじゃない。
学びながら。(←ここ重要!!!!)
なーーーーんも学ばないなら
ただのアホ。(あ、失礼。おもわず(´∀`*)ウフフ)
ずっと楽したい自分だもの。
仕方ないとかで片づけるのではなくてさ。
(まっいいけどね。
仕方ないと思いたい人はそれで。)
むかいあう強さって誰でもあると思うのよ。
強すぎると誰かを傷つけてしまう事もあるとおもうの、
弱すぎると、誰かを恨んでしまう事もあるとおもうの。
弱い人は逃げることを辞めてみる。
強い人は違う見方がある事をしってみる。
私は知り合ったコンサルの人で
自分の欲の事しか考えていない人をみていると。
溜息がでてしまう事があるのだけど。
それをただただ、文句ととる人もいるわけ。
例えばそうねぇ。
この続きは長くなるから次回かきまーす♪



