90年代から00年代、未来社会の姿として盛んに言われた「ユビキタス社会」。何時でも何処でもネットに接続できるようになる社会、という物で、これはスマホの登場により実現された(ように思えた)ために今日では殆ど使われず死語とされています。
ただ、本当に「何時でも何処でもネットに接続できるようにな」ったかというと、そうでもありません。当然ながらスマホが無ければ接続出来ないのです。そう言うとスマートウォッチやスマートグラスのような身体装着型デバイスが挙がるやもしれませんが、物理デバイスが無ければネットに接続出来ないのはユビキタス社会とは言えません。
では何故当時スマホの登場がユビキタス社会の実現とされたかといえば、理由は実に簡単で、スマホ以上にユビキタスな発明が概念として無かったから。
今は脳の直接接続、又は電脳化という「本当に何時でも何処でもネットに接続できるようになる」概念が実現されつつあります。電脳が普及すると、脳さえあればデバイスが無くともネットに接続できるのです。そう言った意味で、未だユビキタス社会は実現されていませんし、発展途上なわけですから、強ち<ユビキタス社会>は死語でも無いんじゃないかと思うのです。