おはようございます。
すっかりご無沙汰してました。
今日はかなり毛色が変わった問題。初の「思考」問題です。
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問 以下の文を読んで、あとの問に答えなさい。
たとえば西洋人がこれは立派な詩だとか、口調が大変好いとか云っても、それはその西洋人の見るところで、私の参考にならん事はないにしても、私にそう思えなければ、とうてい受売をすべきはずのものではないのです。私が独立した一個の日本人であって、けっして英国人の奴婢でない以上はこれくらいの見識は国民の一員として具えていなければならない上に、世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。
しかし私は英文学を専攻する。その本場の批評家のいうところと私の考と矛盾してはどうも普通の場合気が引ける事になる。そこでこうした矛盾がはたしてどこから出るかという事を考えなければならなくなる。風俗、人情、習慣、遡っては国民の性格皆この矛盾の原因になっているに相違ない。それを、普通の学者は単に文学と科学とを混同して、甲の国民に気に入るものはきっと乙の国民の称賛を得るにきまっている、そうした必然性が含まれていると誤認してかかる。そこが間違っていると云わなければならない。たといこの矛盾を融和することが不可能にしても、それを説明する事はできるはずだ。そうして単にその説明だけでも日本の文壇には一道の巧妙を投げ与える事ができる――こう私はその時始めて悟ったのでした。(夏目漱石『私の個人主義』)
問 筆者の主張として最も適当なものを選びなさい。
A 独立した日本人として、英国人の意見に左右されず自らの意志を貫こうとする態度こそが徳義であると言えるし、また、その態度が日本の文壇を益するはずだ。
B 文学と科学はまったく違った出自を持つものだから、文学を科学的に、つまり、主観を排して分析的に読解しようとする姿勢を、批評と認めることはできない。
C 日本人である以上、西洋人とはまた違った文学の捉え方があるはずであり、その捉え方の違いは何によるものかを考え抜くことが、日本人としての矜持となる。
D ある文学における価値の高低は、その文学を享受する人の生活環境等に大きく依存するものであり、文学に人類普遍の価値を見出そうとすることは誤りである。
解答解説はこちら↓
http://www.mag2.com/m/0001627286.html