今年も書きます。
許して下さい

吐き出す場所が必要なのです。
みんなさ、
言葉には出さないけど
自分が一番苦労してるって思ってるじゃん

これを疑わなかった


だから


友達の言葉に驚いた


私はやりたいように生きてきたからそうは思わないよ?


そうなんだーーーー!!


そう思えるのが凄いよ

ポジティブシンキングだよ


私が彼女だったらそうは思わない気がするもの





私がネガティブ過ぎんのか


何にしても、衝撃的な言葉でした

かつて、私は完璧だった。


♯の完璧少女伝説。

友達からは雲の上の存在として見えていた。らしい。

今日聞いた。


運動万能。

頭脳明晰。

容姿端麗。


手先は器用だから

字だって絵だって入賞する。


標語だって作文だって

怖いくらい入賞する。

なんだって、

軽々と1番をとってやった。


いつの間に有名になったのか、

知らない大人が私の名前を知っていた。



幼い私はみんなを飛び越えている

優越感に浸っていた。



なーんてね、嘘。

軽々なんて、ムリ。


すべて裏で涙と汗を流しながら勝ち得たもの。

表には決して努力してるとこは見せなかった。

究極の負けず嫌い。



周りからすごいって思われたかったから、

謙虚に生きていた。


鼻にかけて自慢はしないように気をつけ、

謙虚に、静かに、抑えて抑えて生きてきた。

だってそれが一番だと思っていた。



友達からの期待も

先生からの期待も

家族からの期待も


一身に背負って

期待を裏切らぬよう

頑張ってきたの


なんてことない私が

特別な私を保っていられるように。



それに


一 体 な ん の 意 味 が あ っ た ?



いつかはみんな忘れてゆくのに

そんな簡単なことを私は忘れていたんだ



母親は、これだけ頑張った私を

認めてはくれなかった。


何のために頑張ってきたって、ねぇ、

母親に愛されるためだよ。

意味なかったじゃないのよ。


本来の私をどこに置いてきたのか

わからなくなっていた。


抑えすぎた心は、

思いを誰かに伝える術を知らないどころか、

押し殺す術を知りすぎてしまった。



そうやって、心の血の絵の具で描いた

自画像は

とてもキレイに仕上がった。



誰もがキレイだと、当然の様に言った。



どんな苦労があったかなんて

この色にどんな意味があったかなんて

どうやって作った色かなんて


そんなこと誰も考えずに、

もともとその色であったと疑わずに、


キレイって感想を言うだけ。

三島由紀夫の言葉↓


人生というものは、死に身を摺り寄せないと

その本当の力も人間の生き粘り強さも、

示すことはできないという仕組みになっている。


ちょうどダイヤモンドの固さを試すには

合成された硬いルビーとかサファイヤと

すり合わせなければダイヤモンドであると証明されないように。


生の形を示すには、死の固さをぶつけなければ

証明されないのかもしれない。


ところが我々は実に曖昧模糊たる

生の時代に住んでいる。

死の危険のないところで、いかにして

自分の生を証明するかという行為は

色々な形となって行動に現れる。

釈尊の言葉↓


人間存在から、

若さ、美しさ、愛、情念、富、地位、世間的能力

などのうつろいゆくすべてものをささらでも使って

根こそぎかき出してみれば、


あとに残る骨組みは

万人共通の老・病・死があるばかり。


人は誰でもそれに直面して

初めてそのことに気づく。


それに対して釈尊は、

人生の花開いた美しい青春の日に

生存のまごうことなき骨組みを

老・病・死として受け止めた。


それを生存するものすべて(一切衆生)の

苦ととらえ、その苦を超えようと出家された。


若き日の釈尊は老・病・死が万人にとって

まぬがれたい真実にあるにもかかわらず、

人がそれをいとわしく思う底に


若さは老いに対する

健康者は病者に対する

生きているものは死に対する


無意識の優越感

傲慢の思いが至ったと伝えられる。


これほど理路整然と分かり易く語ってくれる人は居ない。



老・病・死をかかえこんだ髑髏にいのちの衣を

きれたのが「生」だというならば

その衣は、出来れば美しく穏やかでありたい。


日々に生き行く姿は、日々に死に行く姿だと思えば

ものみなありがたい。

活き活きと生きゆくことが、

活き活きと死にゆくことだと納得すれば

心安らぐ。