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後期教師修練では「靖国問題」そして戦争について、を深く学ぶことになるようです。

今回は先取り…というわけではありませんが、昨日訪れた、大津島と回天記念館のことを書いてみようと思います。


市川海老蔵の主演で映画にもなった
『出口のない海』という小説があります。



この本を読んだ時から、ずっとこの場所を訪れたいと思っていたのですが、なかなか果たせず…

数年を経て、ようやく来ることができました。

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旧日本海軍の特攻兵器である人間魚雷「回天」。

私の大伯父である吉田愛彦は、潜水艦・伊370に軍医として搭乗し、硫黄島の戦いに向けて出征しましたが、同潜は米軍の爆雷攻撃によって沈没し、小笠原近海で戦死しました。
大阪帝国大学医学部在籍中に召集され、戸塚海軍医学校で訓練生活を送ったのちに戦地に赴き、還らぬ人となりました。享年は26歳、最終の階級は大尉です。
戦後、両親(私の曽祖父母)のもとに届けられた骨箱には、南洋の白い珊瑚が入っていたと聞いております。

ちなみに、当時の八幡製鉄病院で外科医として勤務していた私の祖父も、陸軍軍医として出征し、フィリピンのレイテ島で戦死しました。

大伯父が搭乗した伊370潜が、大津島を出撃する時の写真が残っています
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この艦上にある長い円筒形の魚雷が回天です。

私の祖母は吉田愛彦の2つ年下の妹であり、私はその祖母に育てられました。
祖母は自分の夫と兄を戦争で亡くした人ということになります。
そのような関係があって、私は幼い頃から、回天について話を聞く機会がよくありました。

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現代の感覚ではもちろん、大戦当時からも非人道的兵器と非難され「黒い鉄の棺桶」とも表現されています、
ひとたび発進すれば、生還の可能性はありません。

「必死」なのです。

私が子どもの時は、冷戦の危機がありました。そしていままた、朝鮮半島有事が現実味を帯びてきています。
七十数年前の若者たちが、この魚雷に乗って命を落とさなければならなかった「戦争」を、もう一度、私自身の中で考える時期だと感じています。
きっと答えは出ないのですが、考えることをやめないことでしか、私にとっての課題が成立しないように思われるのです。


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次回に(多分…)続きます。