電車は空いていた。大股で浅く座り、足を投げ出す。近くにいる人といえば斜め向かいの、清潔そうでない格好をした男性が目につく程度だった。あちこちに汚れがあるズボンの裾をまくり、ふくらはぎをひっきりなしにかいている。かき終わると寝癖頭をかいた。

そこをサラリーマン風のスーツを着た男性が通ろうとしたので足を引っ込めた。僕より5つ上くらいの年頃に見える、僕より5センチくらい背の高い彼は車両を移動するつもりだ。連結部分でドアを開けようとしたがどうやら固いらしい。半分も開かない。しばらく粘ったが途中で諦め、次の駅で隣の車両へ移った。


電車はなお空く。次に前を通ったのは男子中学生で、まだ成長期が訪れていない彼は細く、小さく、長いまつげが学ランよりもセーラー服のほうが似合うのではないかと思わせる。先のサラリーマンが断念したドアに、彼もまた苦戦したが、体をねじまげて開けることができた。

かき終った斜め向かいの男はしばらく口を開けて中吊り広告を見ていた。程なくして「あ」と声を出すとおもむろに立ち上がり、彼もまたあの固いドアに向かう。栄養が足りていないような、先の中学生より細い体で、そこは通れまいと予想したが、油を差したばかりであるかの如くそれはスラリと開いた。実はたくましい。