びあんち号で10分強のそのショップへは通うといっていいほど行っている。今日は何も購入予定がなかったが、所用のついででつい覗いてしまった。
そこは2階がレディース、1階がメンズ、地階がメンズのインポート中心という配置になっている。値段が張る代物が多いので下にはいつも降りないが、今日に限って降りてしまった。
女性の店員が一人と客が一人いた。後で分かったことだが店員の名前は斉藤さんという。前髪が揃った茶の濃いストレートに鼻が少し大きく、笑うと目がなくなる。客の男は僕と入れ替わるようにすぐ上に行った。派手なパンツを手に取ったところで、斉藤さんが「もし良かったら試着してみてください」と決まり文句を放つ。店員との会話は割と好きだが、二人の距離が近くなってしまった。
彼女の香りがする。その香水には覚えがあり、懐かしく、良い印象を持っている。記憶を辿ると、以前に僕が好意を寄せていた女性が愛用していたものだった。とりあえず試着した。色違い、サイズ違いで計4本も穿いた。斉藤さんはとても似合っていると言った。その間、他の客や店員が来る度に早く帰れと僕は思っていたのだった。上はボーダーに紺のシャツジャケットその上に手編みのベスト、下は迷彩のスカートに色の濃いタイツかストッキングという出で立ちの彼女が、このパンツに合う靴も持ってきた。斉藤さんが右の、僕が左の靴紐を解き、顔の距離およそ15センチ。さらにアウターと彼女と同じベストも用意されてインナー以外は総入れ替えになる。斉藤さんは僕に対する印象を語り、それは僕を心地良くするのに充分だった。知っているはずの、持ち上げるのも商売の一貫ということは、知っているつもりに過ぎなかった。正しくない言動だと分かっていたが、香りの件を語ってしまった。パンツを取り置きにしてしまった。