素数や虚数は覚えていた。完全数と友愛数は劇中で知った。オイラーの公式が理解できなかった。この辺りが文系である僕の限界だ。算数は得意だったが、数学に入ってから僕はついていけなくなった。しかし今でも数字は好きで、何に対しても数値化したがる傾向がある。数式に美しい美しくないがあるという概念は、何とはなしに分かる。第1回本屋大賞を受賞した原作。ひらがな漢字に埋もれて√などの記号や数式が表れたら、それは斬新だろう。目を引く。映像の場合はどうだろう。
登場人物で名前が判明しているのは家政婦の杏子だけだった。杏子を雇う未亡人、未亡人の義弟で事故により80分しか記憶が持たない博士、博士にルートと呼ばれる杏子の息子。杏子は最初にそこでは家政婦が長続きしないことを伝え受け、未亡人から仕事内容を説明された時に博士と会わせてもらえず、緊張をあおる。初日、博士の家の扉を開けると、白いメモ用紙を褐色のジャケットに貼りつけて、尋常でない様子が一目で分かる博士が登場する。毎日、訪れる度に同じ会話を繰り返すことで、その緊張が和みに変わった。
博士の計らいで杏子は息子を連れるようになる。息子ルートはこれでもかと、できすぎの子供だった。博士に対する接し方は杏子よりもはるかに勝る。そのルートの、成人して教師となった姿が、物語をつむぐ。原作小説は杏子の語りなのに、なぜ変えたのか。杏子と博士の交流よりも、ルートと博士の交流に重きを置いたのかと思う。
柏松竹はこれにて閉館、その最終回に行った。サービスとして自動販売機のジュースが無料で施された。イベントはなく、寂しい幕引きだった。他の観客全てが退場するまで待って、最後の一人となる。