さかえ湯 さかえ湯 渋谷区東1-31-19

高校時分は買い物ツアーと称して、平気で原宿から渋谷を通って代官山まで歩いていた。並木橋の交差点から猿楽橋を渡る。当時は銭湯の魅力を知らず、変なところに風呂があるぞと、その程度にしか思っていなかった。今となっては渋谷から代官山まで歩くこともない。10年以上も前からその存在を認知していた銭湯に、初めて入る。

昼の3時に雪がちらついた。入口の前に老人が3人。僕がきょろきょろしながら靴を脱ごうとしていると「まだよ」と止められた。声をかけた老婦人の斜め向かいに座る。携帯をいじっていたらまた声をかけられた。「開いたわよ」いそいそと後ろに続く。中は狭く、天井も低い。銭湯という雰囲気はおよそなかった。あまりの寒さですぐにでも湯船に浸かりたかったが、マナーとしてそれは法度である。シャワーをひねると湯がぬるく、足を震えさせながら速やかに体を洗った。

2つある湯船も熱くない。一緒に開店を待っていた老人は、湯から頭だけ出して目をつぶっている。そこへもう一人、湯に浮かぶ顔より一回り若い男性が入ってきた。彼は湯船をバシャバシャと体にかけながら「よう、今日は寒いねえ」と、そう言われて浮いていた頭が持ち上がってにゅっと首から下も水面に出し、半身浴の格好で会話が始まった。「何だかぬるくないかい」その声のほうを見ると、目が合った。「ぬるいっすね」とっさだったのでぶっきらぼうになってしまった。ここは弾ませなければ。少し眉間にしわを寄せて「今日は寒いからもっと焚いてほしいですよね」無難な話で膨らませる。

すぐに体が冷えるのか、彼らは小まめに湯に入る。髪を洗っては浴槽へ、体を洗っては浴槽へ、髭を剃っては浴槽へ。「じゃ、お先です」と僕は湯船に浮かんでいる頭に会釈した。