エンパイア 自転車で10分の三軒茶屋で、良さげな服が軒先に並ぶ店に入る。Tシャツでも買おうかと物色していると「よろしかったら鏡で合わせてみてください」と後ろから声をかけられた。そちらを見るでもなく「はい」と適当に答える。それから数分後、先ほど僕に声をかけたと思われる男の店員が近づいてきた。僕が見ていた棚のものではない品物を手にして「このTシャツなどはいかがでしょうか」と薦めてくる。どこから持ってきたのだ。「お似合いだと思うのですが」と差し出したのはバックに刺繍が入ったもの。僕は派手好きである。ギリギリ感がたまらない。これはスカジャンのようなプリントがいかす。

それはキープしておいて、パンツや小物も見ることにした。彼が後ろをついてきて説明してくれる。店員にありがちなことだからいいのだが、しばしば僕が気に留めていない代物を推す。帽子など全く購入意欲が沸いてないのに「キャップよりハットのほうが似合いますよ」と麻地のそれをいくつか持ってきた。「あんまりこういうの被らないから」と言うと「そうなんですか? 似合いそうなのに」とおだてる。「今日はあまり金も持ってないからいいよ」と拒んでも「全然いいんで、ちょっと被ってみてくださいよ」僕は押され気味である。情熱にほだされて鏡の前で試着すると「おお! かっこいい。こっちはどうですかね」と3つくらい被らされた。おちょくられているのか分からない。「ああ、こっちのほうが似合いますね」一人で納得している様子で親指を立てられた。あまりにやんやと言うので「何も出ねえぞ」と戒める。まるで舎弟のようだが、何だかんだで打ち解けた。実際くすぐられる品も多く、贔屓にしようと思う。