《漢》というのは男のことです。単なる男です。善漢もいれば悪漢もいます。ち○こがついていれば《漢》なのです。
~~~~~~~~~~~~~~~
花中垣の妻は子供ができないことを理由に家を飛び出して尼さんになってしまった。
しばらくして花中垣は昇進することになった。
そして、秘書の進言もあったので、後妻をとることにした。
秘書は崔命児という妓女をつれてきた。崔命児は16才で、花のように美しい少女だった。
「なんとかわいいやつ、もうたまらないよ。昔の女房などまるで腐った飯だ。毎日いやいや食っていたのだ。このような山海の珍味を口にする幸せがあったとは!」
若い妻を得た花中垣は有頂天だった。
~~~~~~~~~~~~~~~
若い妻を迎えた花中垣。当然のごとくがんばりすぎることになります。
そうなるとこの先の展開も読めてくるわけですが、どこが痴愚女&痴愚漢なのかわかりません。
よくある話じゃないの。
ちなみに妓女というのは妓院で働いている女のことのようです。一般には妓生といういかたをするようです。
日本で言うと芸者とか遊女といったところでしょうか。
《妓生》は《キーセン》という読み方をするようです。
何年か前、キーセン観光といういわゆる買春ツアーが問題になったことがありますが、そういうところの女かもしれません。
しかし、漢詩で有名な杜甫や李白は妓女との会話のなかから詩のヒントを得ていたいう話もあります。
知識人の相手をできるスキルを持った女もかなりたくさんいたようです。
崔命児のどこが痴愚女なのか。
どうやら人形を子供のようにかわいがっていた点に問題があるようです。
子供ができるまでのつなぎとして、縁日で買って来た泥人形に名前を付けて乳母までつけてかわいがる。
夫の花中垣も崔命児といっしょになってかわいがる。
ある日、乳母が誤って泥人形を落として壊してしまいます。
こうなった以上は、早急に本物の子供を作るしかありません。
崔命児は泣きわめいて花中垣に迫ります。
なんで早急に必要なのか。
いままではのんびりしていたじゃないか。
あらゆる強壮剤をためして花中垣はがんばります。
がんばりすぎるとどうなるか。
足腰がたたなくなります。
やがて帰らぬ人となってしまいます。
花中垣に生命保険がかかっていたかどうかはわかりません。
中国の清の時代の話なので、生命保険などあるとは思えませんが。
この話を読んだ印象としては、どうも崔命児というのが痴愚女という感じではないんだよなー。
それとも、不慮の事故に動揺して取り返しのつかないことをしてしまうのは愚かだといいたいのでしょうか。
もっとも、この話は清の時代に書かれた艶笑話で発禁処分になったものらしいので、教訓話ではないようですが。
こういう漢もいたということで(笑)