おはようございます。
最近体内時計が狂っているのか全く眠れない。
昨日も、いや、今日も朝の5時まで眠れなくてずっと起きてました。
いつもなら2時くらいには寝れてたのに....。
もしかしたら一日何もしなさすぎ...。
今は稽古もないし身体を動かす時間がないから身体が疲れない。だから眠くならないのか。
今日からは無理矢理にでも1時には寝る努力をしてみます。
わたしの睡眠サイクル。改善してくれ。たのむ。
ところで、
先日、劇団突劇金魚さんの「僕のヘビ母さん(再演版)」を観劇してきました。
ちなみに「僕のヘビ母さん」2回目の観劇。
(突金自体は初めて。)
キャストの中に、私の中学演劇部時代のコーチがいらっしゃるので、それをきっかけに見に行ったんだけど、うーん。ハマってしまった。
以下、感想。そして完全にネタバレです。
観てない方はご注意ください。
劇場は、近鉄河内永和駅にある古民家を改装した小さなアトリエ。
アトリエの中に入り傾斜が激しい階段を上ると、ヘビ母さんの舞台となる、狭い和室が広がっている。
大層な舞台セットではなく、ただただ和室を活用しているだけの舞台セット。
窓があって、机があって、押入れがあって...と、とにかく普通の和室だ。置いてある小道具は超細かいし、超かわいいよ。
天井からぶら下がっている虫かごは普通じゃないけど。
とにかく私好みだったので、初めて観た時、場内整理をしていたサリngさんに写真撮らせてください!!!!って言って写真撮らせてもらった笑
客席と舞台との距離が近いので、観客は俳優の表情や呼吸の変化を直近で感じることができるはず。
空間の狭さや、舞台セットのおかげで、「舞台を見ている」というよりも日常の断片をリアルタイムで目撃している感覚に近い。
俳優さんの演技も、サリngさんの演出もとても良かった。けど、戯曲が一番好き。
サリngさんはきっと天才なんだ......。
寺山修司や、別役実みたいに、言葉が精錬されていて、余計な台詞がない。一つ一つの言葉が真っ直ぐで、美しい。そんな印象を受けた。
戯曲の構成が複雑で難しいけど、最後はそれまでの複雑さを全部すっ飛ばしたど直球で心に訴えかけてくる。
なにもかもぶち壊しにかかってくるサリngさんのスタンスが超クールだった....。
そんな素敵な戯曲「僕のヘビ母さんは」母親とはなにか。形とはなにか。意味は必要なのか。特別なことじゃなくて、身近な疑問を投げかけてくれた。
私にとっては意味のない行為が、誰かにとっては意味のあることかもしれない。
たとえ意味のない行為であっても、それが人を幸せにするなら、意味のない世界でもいいじゃないか。
理由も同じだ。
自分が生きている理由は
君が笑った理由は
君が泣いている理由は
君が私のことを好きな理由は
自分が生きてる理由も、人が人を好きな理由も形に出来ないのに、ただ漠然としていることに恐怖を覚え、どんなものにでも形を与えようとする。
神さまへの信仰もそれと似ている気がする。神さまも元々実体はないが、実体がないことを恐れた人間が神という概念、形、像を作り上げ、それがいずれ偶像崇拝へと繋がる。
"母親"もそうだ。
母親も元を辿れば一人の女性であり、子どもたちや、取り囲む環境が、無責任にひとりの女性に"母親"という形を押し付けているのかもしれない。
それもまた、前述した偶像崇拝と同じく、母親崇拝に繋がり、子供たちが自分を失ってゆく一因となるのではないだろうか。
本当に、色々考えさせられた。
母親の子供に向けられる愛情も、束縛と紙一重。
そして、母親から離れられなくなるまで愛し続けた、子供たちの困難を極めた自立。
自分の世界に母親しか居ない。という究極の状況になった時、そこには自分の意志はもちろん、自分さえも存在しない。
母親を大切にすることは大事だけど、自分を見失うのは違うと思うんだ。
加減が難しいね。。。何事も、、、。
これから何者かになろうとしてる梅の写真貼っときます。
