広島観光といえば、まずはこれ。 原爆ドームですね。
被爆前のドームは、1915年に広島県物産陳列館として開館。
のちに 広島県産業奨励館と改称され、広島の文化振興の場として大きな役割を担ってきました。
しかし、1945年にドームから160mの場所で原爆は炸裂。
奇跡的に倒壊を逃れたこの建物は、原爆の恐ろしさを後世に伝えるため、
1996年に世界遺産登録を行っています。
今まで教科書の写真や映像でしか見たことがなかった原爆ドーム。
日本人として、ぜひとも生で見ておかなければ、、、をずっと思っていました。
実際に訪れてびっくりしたことは、原爆ドームが繁華街のど真ん中にあったこと。
今回の旅で、初めて原爆ドームの正確な場所を知ったのですが、
広島の中心地にあることに、かなりの衝撃を覚えました。
こんな人口密集地に原爆が落とされたなんて、、、
想像するだけで恐ろしく、かつ 凄惨です。
そして、繁華街にあるからこそ、原爆が落とされて壊滅状態になった広島の街が、
35年後には政令指定都市に認定されるほどまでに復興したことに、
何とも言えない驚きと感銘を受けます。
原爆ドームの周りには近代的なビルが立ち並んでいます。
私たち観光客は負の遺産の原爆ドームだけに目をむけるのではなく、
たった35年間で復興を成し遂げた広島県人のたゆまない努力にも、
目をむけるべきではないのかなぁ、、、なんて思ったのでありました。
さて、原爆ドームを見た後は、広島平和記念資料館に向かいます。
ここは被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料が展示されていて、
本館と東館とで構成される館内はかなり広く、見ごたえがあります。
早足で見学をすれば1時間ほど、 じっくりと見れば2~3時間はかかるのではないでしょうか。
今回はじっくりと見学したので、2時間半要しました。
館内は写真撮影OKですので、被爆後の様子を撮影した写真や遺品などを数点撮りました。
しかし、人の形を連想させるような洋服等の遺品は、さすがにシャッターを押す気分にはなれません。
最近では Google の 「歴史アーカイブ」 で、この資料館の所蔵する写真等を見ることができるので、
ご興味のある方は、ぜひそちらをご覧いただければ と思います。
1945年 8月6日 午前8時15分 人類発の原子爆弾が広島に投下されました。
この資料館には、被爆後の凄惨な写真や遺品がたくさん展示されています。
それとは別に、なぜ広島に原爆が投下されたのか、ということも かなり詳しく語られています。
アメリカの公式見解では、太平洋戦争を終結させるために原爆を投下したことになっていますが、
日本サイドからは、原爆の威力をアメリカは早く試したかったのでは? という意見も出ています。
・ 1945年のヤルタ会談 (米、英、ソ連) で、ドイツ降伏の3ヶ月以内に ソ連が日本に参戦することを
極秘に決めていたこと。 (1945年5月にドイツが降伏)
・ 原爆投下の数週間前に、アメリカで莫大な費用をかけた原子爆弾が完成したこと。
・ ドイツ崩壊後、米ソ関係は悪化して、原子爆弾の重要性が高まってきたこと。 (東西冷戦の始まり)
このような背景を考えると、原爆投下に対する日米双方の主張は、どちらも真実のような気がします。
ドイツが降伏したので、アメリカは早く戦争を終結させたかったのも事実だと思うし、
今後の対ソ連対策を見据えて、開発した原爆の威力を試したかったのも事実だと思います。
日本の敗戦は遅かれ早かれ確実だっだと言われている今、
日本降伏前に原子爆弾が完成してしまったこと、
アメリカ側も原爆投下による被害が、ここまで酷いとは想定外だったこと、
この2つが重なったことによって、悲しい歴史が誕生してしまったように感じます。
放射能は長きにわたり、人体に深刻なダメージを与えます。
二度とこのような悲劇を繰り返さないようにすることが、
今の私たちができる せめてもの供養だと思います




