Tokyo Central Church☆FK Project 「深みに漕ぎ出そう!」 -23ページ目
ミカ 6:1-8

人よ。何が良いことなのか。
主は何をあなたに求めておられるのか。
それは、ただ公義を行ない、
誠実を愛し、へりくだって
あなたの神とともに歩むことではないか。

素晴らしいみことばですドキドキ
一番大事なことを見失ってはいけませんね。
イエス様が、奉仕にばかり気を取られていた
マルタにおっしゃった言葉を思い出しました。
主のそばで、御声に耳を傾けた
マリアのような者にならなくてはいけないです。
礼拝を最優先にし、神様の御言葉に
従順する私たちになりましょうニコニコグッド!


伝道者の書 3:1-13

天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
働く者は労苦して何の益を得よう。
私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。
しかし、人は、神が行なわれるみわざを、
初めから終わりまで見きわめることができない。
私は知った。
人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。
また、人がみな、食べたり飲んだりし、
すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた
神の賜物であることを。
ローマ 3:10-22

それは、次のように書いてあるとおりです。
「義人はいない。ひとりもいない。
悟りのある人はいない。
神を求める人はいない。
すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。
善を行なう人はいない。ひとりもいない。」
「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」
「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」
「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」
「彼らの足は血を流すのに速く、彼らの道には破壊と悲惨がある。
また、彼らは平和の道を知らない。」
「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
さて、私たちは、律法の言うことはみな、
律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。
それは、すべての口がふさがれて、
全世界が神のさばきに服するためです。
なぜなら、律法を行なうことによっては、
だれひとり神の前に義と認められないからです。
律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
しかし、今は、律法とは別に、
しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。
すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、
それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
マタイ 23:11-12

あなたがたのうちの一番偉大な者は、

あなたがたに仕える人でなければなりません。

だれでも、自分を高くする者は低くされ、

自分を低くする者は高くされます。

詩篇112


ハレルヤ。幸いなことよ。

主を恐れ、その仰せを大いに喜ぶ人は。

その人の子孫は地上で力ある者となり、

直ぐな人たちの世代は祝福されよう。

繁栄と富とはその家にあり、彼の義は永遠に堅く立つ。

主は直ぐな人たちのために、光をやみの中に輝かす。

主は情け深く、あわれみ深く、正しくあられる。

しあわせなことよ。

情け深く、人には貸し、自分のことを公正に取り行なう人は。

彼は決してゆるがされない。

正しい者はとこしえに覚えられる。

その人は悪い知らせを恐れず、

主に信頼して、その心はゆるがない。

その心は堅固で、恐れることなく、

自分の敵をものともしないまでになる。

彼は貧しい人々に惜しみなく分け与えた。

彼の義は永遠に堅く立つ。

その角は栄光のうちに高く上げられる。

悪者はそれを見ていらだち、歯ぎしりして溶け去る。

悪者の願いは滅びうせる。