誰も知らない 私が何なのか
当てにならない 肩書きも苗字も
今日までどこを どう歩いて来たか
わかっちゃぁいない
誰でもない
それなら上等 出るとこへでるわ
当てにされたい 閃きも 頓知も
もっと迷いたい もっと色めきたい
広い 往来で
本番さ ショータイム 終わらない
嗚呼 生きてる間ずっと
愛し愛され歩いて行こうよ
銀座は春
最新のネオンサイン探したい
嗚呼 まだ見ぬ仲間達が
まばゆく光り 誘っている
日本の夏よ
そう、結果オーライ認めたい
嗚呼 命の使い道は
すれ違いざま笑って返す
ほんの一瞬 〜♪
椎名林檎&トータス松本さん 「目抜き通り」
皆さまご無沙汰しておりました。
もう直ぐ7月ですね、ジメジメしております、体調に気をつけてくださいね。
天気も気持ちも曇り空の、のかです。
「誰も知らない、わたしが何なのか?
今日までどこを、どう歩いて来たかわかっちゃいない誰でもない」
そう、人は、自分が生きて来た経験や、体験から、相手の事を測り、思い込みでその人物像を曖昧な形で作り出している。
その人に興味があれば、いろんな事を聞いたり話したりで、知ろうとしたいもの、ましてや、好きな人ほど知っていたい。
その人の事を知ろうととする事は素敵な事だと思うのです。
自分とは違った考えや、思い。
みんなが、みんな違うのは当たり前の事。
だから、人との関わりは面白い。
それぞれ同じ道を歩いて来たのではないのだし。
いまや「普通」なんて無い。
「大人だから」「子供だ」とかも、どうかと思う。
それは、勝手な上下関係を作り出しているように感じる。
個人としての話をしなければ、対等には会話にならない。
最近思うのは、若い人に限らずコミニュケーションが出来ない人が多いと感じる。
コミニュケーションは人への気遣いが必要。
話し下手?それは、昔の「男の美学」無口、寡黙とは違う。
「面倒くさい」のだ。
人に、どうおもわれる?
人と違うのは嫌だとか?
何か言われたらどう返したら、正解なのとか?
怖いのだろうか?
カッコつけにしか思えない。
いや、面倒なだけだ。
関わりは大事だけれども、自分は自分で分かってあげていれば、良いのじゃないのかな。
もっと自由になっていいんじゃなかな?
人生、最期から数えみて♪ グズグズしてる暇なんて無い。
自分がどうしたいのか?
瞬発力。
思い立ったが吉日。
って、感じる今日此の頃の、のかなのです。
飛び出そう!
兎角人間関係は難しい。
どうしていいかわからない…