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農業とわんこの日々

わんこと暮らしながらの就農7年目奮闘?!記です

昨日の朝のお話。


メンチカツが2つ乗ったお皿が、食卓の上にあった。

かーちゃんが顔を洗いに行って帰ってくると、ももが自分の口をぺろぺろしてる。

ごはんを食べた後の仕草。

でもって、メンチカツが一つ減っていた。

ああーまた食卓に手をかけて食べちゃったんだ・・・玉ねぎ入ってるのに大丈夫かな、

とちょっと心配になりつつ、

とーちゃんが降りてくる前に、散歩に出かけた。


散歩から帰ってきたら、とーちゃんはごはんを食べて、田んぼに水の様子を見に行った後だった。


だんだん心配になってきたかーちゃん、

メンチカツを食べちゃった旨をとーちゃんにメール。

心配だったら、動物病院に電話してみな、と言われ、

それもそうだと思って病院に電話した。


もし、玉ねぎ中毒で血尿が出たとして、そうなってからできることは実はあんまり無いので、

できるだけ吐かせて、そうならないようにしたほうがいい、とのこと。

塩水を作って飲ませて、吐かせて下さい、と。

慌ててとーちゃんを呼び戻して、外で手を突っ込んで吐かせてもらう。

しかし、ゲェゲェ言うだけで全然吐かない・・・塩水すら吐かない。


更に心配になってきて、結局病院に連れて行った。

塩水どれぐらい飲ませましたか?と聞かれ(塩分摂り過ぎるのも身体によくないから)

かーちゃんの塩水は全然薄かったことが分かり。

先生がもう一回試してくれたけど吐かず。

(少し動いたら、帰りor帰ってから吐くかもしれない、と言われたけど結局その後も吐かなかった)

赤血球の壁?を強くする?ためのビタミンE剤を出されて、帰ることに。


先生が経験した中では、お皿にいっぱい玉ねぎの炒め物を食べちゃった、ってコと、

肉じゃがをお皿いっぱい食べちゃった、っていうコの2件だけは、血尿まで出たそう。

でも、それで入院して点滴まで行ったコはいなかったので、

おそらくは大丈夫だとは思うけど、個体差があるから一応分からないって。

それと、玉ねぎのことだけじゃなく、油モノを食べちゃったので、

下痢するかもしれないし血便が出るかもしれない、と。


かーちゃんがちゃんと見てなかったせいで、

ももが具合が悪くなったらどうしよう・・・と気が気じゃなかった。

しかし、タイミングの悪いことに、その日は午後から乳癌の検診の予約を入れていたという。

(2年に1回受けようね、というやつです)

心配になりながらも、ももを置いて出かけて、帰れたのは3時間ぐらい経った後だった。

ほんとに、そればっかり考えてた3時間だった。


1日経って、幸い、血尿も血便も下痢もなく、元気いっぱい。
農業とわんこの日々
いつもと変わらず、ぐじょぐじょして
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今日は雨降りなので、とーちゃんもかーちゃんもほとんど家にいて、

ももさんゴキゲン。

というかいつもゴキゲン。お留守番以外。
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たぶん、明日も明後日も雨降りなので、お留守番はほとんどありません。
農業とわんこの日々

玉ねぎやネギを使ったものが食卓にあるときは、特に気をつけてるつもりだったけど、

ちょっとした気の緩みが、怖いことになるんだなぁって改めて思った出来事でした。

今回はたまたまなんともなかったようだから良かったけど、本当に取り返しがつかないもんね・・・。


昨日から、従姉妹家族がお泊りに。

そいでもって、翌日の今日は、さらに別の親戚一家が来た。


従姉妹の子供、Hちゃん。小学3年生。

ももに初めて会ったときは、お互いにまだ幼かった。

ももは知らない人が苦手だし、子供の動きはびっくりするしでビビって吠える。

だから彼女もびびる。(笑)

それでも帰る時には仲良しになって、

親戚の中で、Hちゃんが一番仲良しだねー、と。


今回はそれから4年も経って、お互いに少し大人になって。

やっぱり一番仲良しになった。


ちなみに、ももとHちゃん。体重ほぼ一緒。

頭の中は、もうHちゃんのほうが大人かな。


とーちゃんとかーちゃんは、ももがすごく我慢のできるコになったなぁ、

とつくづく思って、嬉しかったですぞ。

ベランダに水が溜まるほど、雨が降ったのっていつぶりだろ???
農業とわんこの日々
風情の無い写真。(汗)

でも本当に恵の雨。しかし長くは続かない予報・・・。

せめて3日ぐらいはこれぐらいの雨が続いて欲しい。


あんまり暑いのでクーラーデビューした。

寝る少し前には消すけど、そうすると途端にももがハァハァ言う。(笑)
農業とわんこの日々
今日は、従姉妹家族が来るので、

そこの小学生のコのお相手をせねばなるまいよ?ももさん。

でも、ももは子供と結構仲良くできる。我慢ができるヤツなのです。


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田舎に帰ってきて、家庭菜園を手始めにやりはじめたとき、

(というか、じーちゃんがやってたのをほぼ強制的にやらされた)

自分で食べるものを作れるのってすごいことなんだなぁ、と思った。


実際、大きな地震が近い将来来るよ、って言われてるけれど、

地震の瞬間に死ななかったら、生き延びられるなーって呑気に思うことがある。

外に燃やしていい木はいっぱいあるし。

お釜もあるし。

芋とか野菜もある。

これで井戸があったら結構完璧なんだけど・・・。しかし地震だと出なくなったりして?


戦争中、じーちゃんの親のところに、(=父の父、つまりほんとのじぃちゃん)

うちよりさらにずっと山の方(車で30分とかかかるところ)に住んでた人が、

大根の「わき菜」(大根を間引いたもの)をもらいに来てた、

という。

その辺に農家なんかいっぱいあっただろうに、

もらえるようなところは無かったぐらい、皆が食べるものが少なかった時代。

そういう時代に、自分のところも「わき菜と油揚げを炊いたのはごちそうだった」というのに、

知り合いにわけてあげられた、というのはすごいなぁ、と素直に思う。


おじーちゃん、おばーちゃん偉いぞ、というのと、

お金があってもどうしようもないっていうときの農家は強いぞ、というのと両方の意味で。

当時は鶏も飼ってたそうなので、ほんとに循環させて作れてるし。(笑)

現金収入という意味ではかなり貧乏だったそうだけど。


冗談めかして、叔父(じーちゃんの兄弟)が、

「お前たちが農家をしてくれてるおかげで、芋を分けてもらえた、っていう時代がまた来るかも」

って私たちに言ったことがある。


今、農地は皆作る人がいなくて手放そうとしてもなかなか売れないらしい。

うちは営農してるところはほぼ全部借地。

でも、その他に5反弱の自分の農地もある。

いざとなったら、そこで自分たちと近い親戚ぐらいが食べるものは作ることができる、たぶん。


お米も、仕事では作「ら」なくても、

苗代をするところから、作「れ」るように、なっておきたいなぁ、

と時々家族で話すことがある。

そんな風に漠然と心配したのはなんだったんだろう?

って、将来言える世の中でありますように。