こんにちは、櫻珈琲です。
あれからもう1年なんですね。
ちょうどその日は私の学校で卒業式が行われていました。
在校生代表の一人として出席し帰宅後に揺れを感じたこと、
今でも覚えています。
でもそれは
「あれ、地震?揺れてるよね?」
くらいのものであまり気にもしませんでした。
その時、祖母と一緒にいたのですが祖母に至っては揺れていることにすら気付かない。
それくらいだったんです、大阪は。
でも安全確認のためにテレビをつけますよね、やっぱり。
震源がどこなのか?
ここは大丈夫なのか?
って。
そこに映っていたのが津波の映像。
そして火災で辺り一面が燃えている映像。
意味が分かりませんでした。
これはどこの映像?
いつの映像?
“LIVE”
の文字は何かの間違えでは?
とさえ思いました。
信じられなかったんです。
なぜなら私のまわりはいつも通り。
普通に道に車が走っていて、人が歩いていて
小さい子が遊んでいる。
私だってパソコンをしながらボーっとしてたんですもの。
状況が理解できないままその日は過ぎてゆき翌日。
意味の分からない偽善者ぶったような記事を更新した気がします。
なぜそんな記事をかいたんだろう?
今になって思うと私はその時あまり状況が理解出来てなかったのかなと。
そんな事したって意味ないのに。
私は本当に失礼なことをした気がします。
時間がたつにつれて明らかになっていく東北の状況に
本当にどうするべきかを考えさせられました。
その時やたらデマがまわったりして混乱が起こったことも覚えています。
もうね何を信じるべきか、現場にいない私には分からなかったんです。
そんな日から1年が経って、私思うんです。
いつまでも
“被災地”
“被災者”
そんなこと言ってるのって失礼じゃないのかなって。
被災地ではあるよ確かに。
その日は被災地だった。
でも翌日からは“復興地”なんです。
そこにいる人たち、みんな復興に向かっているんです。
私たちは被災地だから募金をして支援をするのではないと思います。
復興地だから、復興するためのお手伝いをするために募金や支援をするんです。
これからも記憶に残して行かなければいけない日です。
でもそれは復興していくためにすべての人が手を取り合った日として。
これはあくまでも私が私らしくとらえた3.11です。
2012.03.11