中西治氏が、2020年4月12日に逝去した。日本を代表するソヴェト研究の第一人者であった。冷戦時代において、親ソ的な立場から、ソヴェトの体制を論じた。ソヴェトを、敵視する風潮が大勢を占める中でも、希有な存在であった。中西先生の恩師は、歴史家の江口朴廊である。
中西先生は、東京大学の博士課程を修了後、研究者の道ではなく、NHKに職を得て、研究者の道を、目指していた。プラハの春に対するソヴェトのチェコ事件について、中西先生は、江口氏に、意見を求めたところ、最後は、民衆が決めるであろうと、助言を受けたそうである。そのことを、中西先生のゼミで、お話しされていたのを、印象深く聞いたのを、思い出す。
中西先生の著書は、精通されていたロシア語の文献に基づいており、実証的かつ現実的な分析である。英語の文献により、ソヴェトを論じる他の論者とは、一線を画していた。
創価大学教授を、退職後、地球宇宙平和研究所を、創立され、地球だけではなく、宇宙の平和を追求された情熱は、先生が、生粋の理想を希求する研究者であったことを物語っている。
この研究所での、中西先生の時評を、読んでも、現在のロシアに対する熱い思いが、感じられる。文体は、簡潔で、明晰である。
どんな国家及び体制であれ、民衆の支持をなしでは、崩壊の道へ向かうことを、主張されていたように、思われる。
先生の残した思想は、氏の著書と言動から、ひきつがれ、研究の対象となるだろうことは、明らかである。
先生には、お世話になり、教えを受けたこと、心から感謝します。
宇宙、地球への平和に関して、心から愛情を注いでおられた氏に、心から、御悔やみを申し上げたい。
中西先生は、東京大学の博士課程を修了後、研究者の道ではなく、NHKに職を得て、研究者の道を、目指していた。プラハの春に対するソヴェトのチェコ事件について、中西先生は、江口氏に、意見を求めたところ、最後は、民衆が決めるであろうと、助言を受けたそうである。そのことを、中西先生のゼミで、お話しされていたのを、印象深く聞いたのを、思い出す。
中西先生の著書は、精通されていたロシア語の文献に基づいており、実証的かつ現実的な分析である。英語の文献により、ソヴェトを論じる他の論者とは、一線を画していた。
創価大学教授を、退職後、地球宇宙平和研究所を、創立され、地球だけではなく、宇宙の平和を追求された情熱は、先生が、生粋の理想を希求する研究者であったことを物語っている。
この研究所での、中西先生の時評を、読んでも、現在のロシアに対する熱い思いが、感じられる。文体は、簡潔で、明晰である。
どんな国家及び体制であれ、民衆の支持をなしでは、崩壊の道へ向かうことを、主張されていたように、思われる。
先生の残した思想は、氏の著書と言動から、ひきつがれ、研究の対象となるだろうことは、明らかである。
先生には、お世話になり、教えを受けたこと、心から感謝します。
宇宙、地球への平和に関して、心から愛情を注いでおられた氏に、心から、御悔やみを申し上げたい。