ふと、
ニュートンの発見した
「微分積分」のことが頭をよぎって
思ったんですが、
あの法則ってほぼ同時期に
ライプニッツも同法則を発見してたんですよね。
そんなことってあるの??
あんな難しそーな法則を
二人の人物が別々に思いつくの??
確率的にはあり得ない低さだと思います。
なので
視点を変えてみます。
ニュートンという全くの個人が
その才覚のみで発見したのではないと仮定したとします。
つまり、
ニュートンは数学という巨大な学問発展の流れの一部で、その先端に位置するという役割を担っていたとします。
そうすれば、
ライプニッツが同時期にひらめいたことも納得です。
なぜなら、
彼も数学の発展の波の先端に
ニュートンと同じようにいたから。
場所と人物が違ったけど、
二人が持つ役割が同じだった。
ならば、
謙虚さを知るチャンスです。
彼らは
どちらが先に発見したのかと
その功績を争ったらしいですが、
そもそも自分だけの功績ではなかったからです。
先人が築いてきた論理体系、
同時代に競い合ったライバル達、
その中で生まれるべくして
生まれた法則を手にする役だったから。
これからは、
自分の出した結果に誇りを持つと同時に、そこまでのつながりに感謝と謙虚を持てるようにしたいです。
楽しむってことについて。
私は、
たくさん人がいる所は苦手です。
かなり…苦手です。
人と話すときも、
相手が一緒にいて楽しいだろうかと
考えてしまって逆にギクシャクしちゃうです。
なんでかな~って。
自分が楽しんでないからね。
気を使って固いよ。
だから、
相手も楽しくならないんよね。
顔色伺わない!
変に気を使わない!
無理に話題を捻り出さない!
自然に楽しく感じるままに
振舞おうと、
思ったな~。
やれやれ
手のかかる性格やな。
私は、
たくさん人がいる所は苦手です。
かなり…苦手です。
人と話すときも、
相手が一緒にいて楽しいだろうかと
考えてしまって逆にギクシャクしちゃうです。
なんでかな~って。
自分が楽しんでないからね。
気を使って固いよ。
だから、
相手も楽しくならないんよね。
顔色伺わない!
変に気を使わない!
無理に話題を捻り出さない!
自然に楽しく感じるままに
振舞おうと、
思ったな~。
やれやれ
手のかかる性格やな。
一つのアイデアとして。
身の回りにある人工物は全て
誰かが考えたイメージが具象化した
結果ですよね。
つまり、
物理空間にあるものは
人の思考のバックアップと言えそうです。諸行無常が常ですが、また慣性の法則によりすぐにその形が失われることもない、有期限の情報保存サーバーという側面が僕らの生活する空間にあると思います。
そして、
他人が創造したものも物理空間を通じて僕らは認識できる。
つまり、
認識は心が生み出し、
物体は認識が具象化したものだから、
心が物理空間で共有されているのでしょう。
その奥を辿っていくとどこに行き着くのかなぁ??
身の回りにある人工物は全て
誰かが考えたイメージが具象化した
結果ですよね。
つまり、
物理空間にあるものは
人の思考のバックアップと言えそうです。諸行無常が常ですが、また慣性の法則によりすぐにその形が失われることもない、有期限の情報保存サーバーという側面が僕らの生活する空間にあると思います。
そして、
他人が創造したものも物理空間を通じて僕らは認識できる。
つまり、
認識は心が生み出し、
物体は認識が具象化したものだから、
心が物理空間で共有されているのでしょう。
その奥を辿っていくとどこに行き着くのかなぁ??