大阪と奈良の県境にそびえ立つ生駒山。
標高642mを跨ぐように阪奈道路が敷かれている。元々、有料道路として開発された道路だけにハンドルを握る手が心地いい。山道カーブを何度かハンドルを切ると、やがてゴルフ場の案内看板が見えてくる。
5101ヤード 18H par70 丘陵コース
メンバーシップ華やかし時代に、誰でも受け入れる包容力豊かなパブリックコース。
会員権を持たない在野のゴルファーはここで腕を磨いている。
out スタートだったか、inスタートだったか?今となっては覚えていないが、記念すべき第一打は、左にプッシュしてOBだったと記憶している。
プレイングフォー。前進4打。
なんて素敵な救済ルールだろう。
ゴルフ場にとっても、
初心者ゴルファーにとっても、
同伴競技者にとっても、
‘三方よし’とする、まるで商いの極意のような救済ルール。
やはり、近江の方から始まったのか?
第一打OBのあとは、先輩方のプレイを観察しながら、特設ティまでのんびり歩く。
この時代、乗用カートはなく、キャディさんを伴っての歩きのラウンドが主流である。パブリックといえども例外ではない。
キャディさんには、スタート時点でコースデビューであることを告げ、お世話になる旨お願いした。
さて、黄色の特設ティに立ったとき、残りの距離をキャディさんが告げてくれるが、どのクラブをチョイスすれば良いのかわからない。
キャディさんは、年の頃なら筆者の母親より年上の、どちらかといえば、おばあちゃんといった年恰好。無論、帽子や白のストールで顔立ちがはっきりしないが、その話し声、身のこなしから老練キャディといった印象であった。
戸惑っていると、スッと7鉄が差し出された。
その後、どんなプレイをしたのか定かではないが、以降、クラブの選択はさせてもらえなかった。
距離を告げられ、筆者なりのクラブをお願いするが、渡されるクラブはキャディさんがチョイスしたものとなる。
「フェアウェイにあれば、5鉄。ラフにあれば7鉄。これがあなたの基本だよ。」
以降、この2本にPWを加えた3本を携えて、野山を駆け回ることになる。
フェアウェイからダフってチョロ、例の3本を小脇に抱えて、そのまま行こうとすると、キャディさんから
「待ちなさい。直していきなさい。」
鬼の形相で叱られる。
バラバラになった芝生をかき集めて元に戻し、隙間を目土で埋める。
グリーンに上がると、グリーンフォークを渡され、ピッチマークを直せという。
〈え?俺がつけたの?〉
よくわからないが、口答えを許さない空気が流れている。
〈なんか怖いねん、おばちゃん。〉
この頃になるともう、ラウンド指導はキャディさんが一手に引き受け、先輩たちは自分のゴルフを楽しんでいた。
茶店で休憩。
先輩から缶ビールを渡され、キャディさんに渡してこいと。
よくわからないが、そういう商習慣みたいなものがあるようだ。
「お世話かけています。」
恐る恐る、渡しに行くと笑顔で受け取ってもらえた。
クラブ3本持って、野山を駆け巡り、なんとハードなスポーツやねん。
思い描いていたゴルフの印象とかけ離れた世界であることを思い知らされた。
午前のラウンドを終え昼食。
カッチャ、カッチャとスパイクの音を響かせアスファルト道を渡っていく。
クラブハウスを出て、近所にある中華レストラン「百楽」で頂くことが定番となっているようだ。
お昼の定食と生中をいただく。
この日の生中の旨さに酔いしれた。
〈うま〜。来てよかった。〉
話は変わるが、筆者のこの日のいでたちはというと、黒の丸首Tシャツにスラックス。
つまり、襟のないシャツを身に纏っていた。ドレスコードに抵触している服装である。
このゴルフ場は、パブリックコースなので、そんなに厳しいドレスコードはなかったが、先輩方からやんわりとたしなめられる。
居酒屋でゴルフ談義のなかから、ラウンド情報を得ていたが、ドレスコードなる文化があることは聞き及んでいなく、経験がなによりの教示であることが改めて痛感した。
記念すべきデビュー戦の戦績は142。
ボールコントロールがままならない、下手な時代は、走り回ることになるハードなスポーツ。
お金払ってるのにキャディさんに叱られてばかりな理不尽な世界。
これが後々、血となり肉となり、感謝することになるには、さらに数年かかることになる。
ビールが美味しいことだけが救いのほろ苦いデビュー戦となった。
