くまの子ちゃん達のささやかな日常 -2ページ目

くまの子ちゃん達のささやかな日常

子供達、長女・くまの子1号(重度障害児)の通院看護の記録や弟二人の日常、愛犬の闘病など。

久々になりますが、

今日は自分自身の事。


12月に意識を失い、夫に発見され突然救急搬送。
倒れる数日前から風邪の様な状態で発熱もあり、近くのクリニックでインフル、コロナ陰性と言われ、解熱剤等処方され帰宅しました。

私自身子ども達4人のお世話をやっとこなし、夫の帰りを見届け調子が悪いから隣で休むね…と言い残し横になりました。

次に気付いた時には夫が私を叩きながら必死に「おい!おい!」と呼んでいて💦

私:「何?」と答えると、夫:「今救急車呼ぶから!」
と…

私は何があったか分からず💦夫から今意識飛んでた!と説明を受け、目を開けたまま焦点があってなかった様です。

そこからは所々しか記憶がありません。
近くの病院からは搬送拒否を次々された様で、大学病院で結果受け入れしてくれる事に。
搬送先が決まるまで40分くらいかかったと。

私の病名は 急性心筋炎 でした。
健康な人でも突然に心臓にウイルスが入り、心臓が腫れ場合によっては2、3割の方が亡くなる病気。
ネット情報によると心筋炎になる確率10万人に22人とか…?!

そんな中、私はかなり重症になってしまった様で、心臓が搬送翌日には10%程しか機能していない心不全の状態となり、翌日には緊急手術。
仮のペースメーカー、循環装置を使い私の心臓をサポートとなった様ですが、この対応でも血液循環が難しい場合は、エクモを使い私の心臓をサポートさせる。又は人口心臓、命にかかわる不整脈が起きた場合、電気ショックを与えるなどの説明をされた様です。

夫が説明された事はやれる事は全てやりますが、予断を許さない状況ですと…
つまりは生死の境目の危険な状況。

私なんかより、しっかりしている夫だと思ってはいるものの、さすがに頭が真っ白になったと…3日前まで子ども達を「こらー!やめなさい!」と元気よく追い回していたのに…今は予断を許さない状態。
こんな事が起きるのか…と思ったそうです。


お薬で常時鎮静をかけられ意識なく寝かせられたまま、人口呼吸器と仮のペースメーカー、循環装置の対応をして頂いたものの安定せず、結局最後の砦とされるエクモへと変更、さらには複数の点滴、数々の管まみれの状態の私を見て、夫も、私の母、私の妹、私の父は子ども達のお世話に徹してくれた様ですが、きっと落胆した事でしょう。

点滴でパンパンに浮腫む体…
夫と私の母は毎日意識あるなしに関わらず面会に訪れるてくれていた様です。


ICUでは1ヶ月その状態が続きました。

他、手術も血栓が溜まってしまったなど、合わせて計7回したそうです。
心臓外科の先生が言っておられましたが、普通はこんなに手術はしないのですが💦私の状況的にやらざるを得ない状況だった様です。



私も少しづつ落ち着きつつある中、ボーッとした意識ではあるものの、ICUで少しづつ起きている時間も出て来たりし、人工呼吸器に繋がれていて会話は一切出来なかったのですが、筆談でやりとりし、看護師さん達に伝えたりしていました。

ICUの看護師さんがテレビ見ますか?と見せてくれるのですが、ボーッっとする意識の中、やたら「小さなお葬式」葬儀場のCMが目に付いたのが印象的で私はこのまま死ぬんだな…などと考えたりもありました。


夫は夫で、7回の手術その度に病院から夫が呼び出しされ、状況説明をされ。
今度こそダメかもしれないと思ったタイミングも正直あったと。

帰りの車では葬儀場も目に入った事なども。

少しづつ安定して来てCCUに移った私に教えてくれました。