突如始まった入院生活。
経験したことのないことばかりで、
環境面
精神面
体力面
全てが不安だった。
(無事に元の生活に戻れるかな?
体が回復しても、心は大丈夫かな?)
仰向けの状態で、天井を見ながら、
そんなことをずっと考えていた。
今になって振り返り、
その時の私に向かって言えること。
それは、
「未来は考えたってなるようにしかならないよ
だから考えたって仕方ないから、今を大切に生きなさい」かな。
職場にもしばらく入院することを連絡し、
みんな心配してくれた。
こういうときの励ましの言葉ってすごく心に沁みる。
そんなことを思っている束の間、
別の部屋への案内がきたので、自力で歩いて移動した。
着いたのは窓際のベッド。
(気分転換に外見られるなぁ。嬉しい)
点滴が外れるまでは4日ほどを要し
毎日朝昼にお腹に注射し、
ご飯も最初の頃はおかゆ
お腹は空いているし、喉も乾いているんだけど、とてもじゃないけど食べる気にならなかった。
そして私が一番精神的につらかったことが、
同じ病棟に妊婦さんがいたことだった。
妊婦さんを横目に、
私は術後の痛みに耐えていた
そのときの心の声。
(私が何をしたって言うのだろう。
一生懸命にいろいろやってきた。
結婚や妊娠・出産のことだって年齢的に考えないわけじゃなかった。
だけど、うまくいかないのはなんでだろう?
確かに命助けてもらって、
片方の卵巣も残ってる…
今の私には贅沢な悩みなのかもしれない。
でも…
でもまた残った卵巣に腫瘍ができてしまったら?
私の不安や悩みはどんどん膨れ上がって
悪い方向にしか考えられなくなっていた。
思い返せば、
あの時の私は誰が見てもダークモードで、
医者のポジティブな発言さえ受け入れられなかった
そんな自分にも嫌気がさしていたことを覚えている。
私の思いを言葉にすると、
生きているんだから良かったじゃん
まだ片方あるんでしょ?
子供ができないって言われたわけじゃないんでしょ?
って声も聞こえてきそうだけれど、
それが強くなり、前向きに生きなさいというエールなら受け入れられるが、
何も考えなしに言う配慮のない発言だとしたら、私は怒ってしまうと思う。
環境や状態で受け入れ方は人によって違うのだから、そういうとき、私にとっては
「辛かったね、頑張ったね。不安なことは吐き出していいんだよ。誰も否定しないから。」
と、適切な距離をとって接してくれることが一番だと思う。
食事が普通食に戻り始めてからは、
食欲も戻り、入院中の楽しみは食事になった。
毎日写真を撮り、母親にそれを送ってはコメントをもらっていた。
「病院のご飯、初めてだよ。味が薄いけど、バランスしっかりしててすごいよ!家では無理だぁ笑」
なんて言いながら。
入院途中の検査も無事終わり、問題なしと診断。
1週間後には退院できた。
術式のおかげもあってか、体の回復は順調だった。
1週間ぶりの外。
両親が車で迎えにきてくれた。
自宅は帰る道、元の生活に戻れそうで良かったと心から思った。
続く
