16年前に阪神淡路大震災の復興に行っていました。
言葉にならないくらい酷い状態でした
その時も神戸の人達に励まされていました。
あるとき復興現場で休んでいるときに小学生ぐらいの男の子がいたので
自分の持っていた週刊○ガジンをあげようと声をかけました
その男の子が突然!(お兄ちゃん達は僕たちの町を直しに来ているから)貰えないよって(T_T)泣かせる言葉でした。
その子達が、もしかしたら復興の手伝いに来てるかも?
だったらいいな
続きです。
野蒜海岸沿いかんぽの宿松島になります。ここも被害が凄かった場所!
津波の高さは3メートル以上だったらしいです。
野蒜海岸と野蒜駅の中間ぐらいにある奥松島乗馬クラブから馬達が流されて野蒜駅あたりで何頭の馬達が力尽きたそうです。
東名の町を見ると家がほとんど無くなってる状態で野蒜海岸が見通せることになってました。
津波は野蒜海岸側から押寄せたから写真の左奥にある防波堤を破壊していった。
もしも、松島湾側から津波が押寄せていれば・・・ここまで被害は無かったかもしれない。
本家のお墓も・・・何も無い
酷すぎて言葉も出なかった
町の人達を助けに行かれて巻き込まれしまったのでしょう
消防団員の皆様助かっているといいのですが・・・
被災地域に行ってわかったのですが
自分の気持ちが落ち着かないのを見て父親が笑わせてくれる
逆に自分が励まされている![]()
泣きたいのは両親なのに・・・
見ていない所で沢山泣いたのだろうな。
ごめんね(_ _。)
お父さん・お母さん・ねーちゃん・町の人達・被災された人・動物のみんな!
少しずつ自分のできることしていくからね!
自分は、頑張ろうなんて言わない!!
頑張っている人達にこれ以上、頑張ろうという言葉はいらない!
言葉にするならその言葉をチカラにしてほしい
少しでもチカラになってくれれば笑顔になれると信じて・・・(*^-^)b
T橋


ここでも何百人の人が







