ぼくにビジネスのイロハを教えてくれた
ビジネスの師匠でもあり、プライベートでは気が合う僕のお兄ちゃん的存在の人
その人の名前は浅見アイルさん!
アイルさんに出会ってから
一気に収入が増え、周りからも
『いったい何してるの⁉️』
『なんか悪い事してるんでしょ?』
『怪しい』
など言われる事がちょいちょいあるのですが、いたって普通です😆
ただもちろん何もしてないわけではないですよ!
それなりの行動と努力はしてきました!
ビジネスのイロハをアイルさんから1から叩き込まれて教えてもらいました☺️
教えてもらった事を素直に言われた通りに
やって失敗もたくさんしてきました!
え⁉️
どんな人⁉️
って思って聞いてくる方ってなんか
多いんですよ😆
それでですね、今回はぼくの師匠でもあり、プライベートはめちゃくちゃ慕ってるお兄ちゃんでもある、彼について少しお話させていただこうかなと思います✨✨
彼の生きてきた中で、どんな過去が
今を作ったのか
書かせていただきました!
時は遡りまして、、
アイルさんは学生時代、音楽活動に明け暮れていて
その頃はバンドでメジャーデビューする
という夢を抱き突き進んでいたそうです^ ^
彼はベースが得意ですからね^ - ^
今でこそ落ち着いてますが、当時はかなり
やんちゃだったそうで高校はなんとか
奇跡的に卒業できたんだとか😅(笑)
当時、アイルさんが組んでいたバンドの
メンバーや周囲の反対意見などを押し切って
住む場所も決まってないのに、たった1人で東京に上京します。
それも所持品はエレキベースと地元で作った
群馬銀行と通帳とカード!
(彼の地元は群馬県です😆)
持ち物はたったこれだけで
上京するところはさすがですね^ - ^
ぼくは個人的にこういう人って大好きです😆
本人いわく、
『あの頃は若さゆえ怖いものなんてなくて
自分の可能性と希望だけで何も考えずにすぐに上京したけど、今考えると信じられない!(苦笑)』
なんて今だからこそ笑いながら
言ってましたが、実は彼もはじめから
ビジネスで成功してたわけでもお金持ちだったわけではないんですね^ ^
実は相当な苦労人でもあります。
今でこそネットビジネスでもリアルビジネスでも成功されてるアイルさんですが、
ここまでくるのに決して簡単に登り詰めたわけではなく、いろんな立ちはだかる壁が
あり大変な日々を送ってたようです!
以下
ここからはアイルさんご本人の言葉をそのまま引用しております。続きはこのまま下へ
↓ ↓ ↓ ↓
時は遡りぼくがまだ10代の頃、
高校生時代の当時の彼女が
進学先を東京に選択してついてきてくれました。
学生時代から
『夢を追っているアイルさんが大好きです』
と言われてました。
上京発言した時、僕は周りから、
(アイツはバカだ)
(1人で何ができると思ってるんだ)
とか後ろ指を指されてました。
あの時、彼女だけが唯一の僕の理解者であり、
今思えば、自分から好きになった
最初で最後の女性でした。
僕も、夢を絶対に叶える、
と彼女に約束していました。
でも、上京後、
東京での風当たりは想像以上に厳しく、
期待が不安に負けてしまうくらいの過酷な日々でした。
当時、キャバクラのボーイや警備員の
バイトの収入で暮らしていましたが、
毎日スタジオの練習代で数千円が飛んでいき、
アパートの電気代が止められるほど極貧生活でした。
通帳残高が足りなくて、
東京電力に38円支払いに行ったこともあります。
10代の後半で僕は世間の容赦ない厳しさを知りました。
それでも見知らぬ土地でようやく
バンドのメンバーが見つかった時は嬉しくて、
彼女と狂喜乱舞して贅沢にピザとビールを
買って祝ったのを今でも覚えてます。
しかし、その後、、
ここからは今でも思い出すのが苦しいのですが、、
僕は信頼していたバンドのメンバーから
手のひらを返したかのように裏切られました。
あのバンドのメンバー達は東京に来てから
知り合った唯一の心許せる存在だったので、
目の前が真っ暗になり、人間不信になりました。
あの時は中学生の頃から追い求めていた
夢が崩れて、砂になるのを感じました。
それから僕は音楽を聴くことを止め、
ベースやギターに一切触れることがなくなりました。
錆びついたベースの弦。
錠剤の過剰摂取。
今が朝なのか夜か分からない生活。
常にまとわり付く酩酊感。
今振り返れば、どんだけメンタルが弱いんだと
過去の自分をぶん殴りたい気持ちですが、
それくらい見知らぬ土地で出会えた
当時のバンドのメンバーを
親兄弟以上に信じ切っていたので、
僕の心は完全に砕かれた状態でした。
そして、そんな現実に敗れて腐っていた時、
彼女に
『私の好きなアイルさんじゃない、離れよう』
と泣かれました。
忘れもしない20歳のクリスマスの深夜、
僕はJR中央線の線路の上を
ひたすら泣きながら歩いていました。
この人生を振り返って、
死ぬのが怖くなかったと言い切れるのは
あの夜だけでした。
人生で初めて孤独と痛みを知りました。
そして、大切な人を失いました。
あの日から、
生きている意味を完全に見失いました。
何もかもが最低で、
ここが底かと思い知らされ、
もう、涙さえ出ませんでした。
死ぬべき人間はお前だ
と、己を呪い続ける日々でした。
その後、僕は栄養失調寸前になり、
地元の友人の勧めで帰京しました。
地元に帰ってきても、家には帰れず、
あちこちを転々とし、
夢と同時に大切な人を失った喪失感で
僕は常に空が灰色でした。
そんな時に、偶然、本屋で
僕が中学生の頃から憧れていた
X(現X JAPAN)というバンドのベーシスト、
タイジが書いた自伝本を見つけました。
そこにはX脱退からのホームレスに転落した人生、
そこから必死で這い上がった人生が
力強く綴られていました。
この時、僕は憧れだったタイジから
一握りの生きる勇気をもらい、
あの子との約束を守るために
もう一度強く生きると胸に誓いました。
(ちなみに僕の息子の名前は泰司です)
それからの僕は弱過ぎる自分を律するために、
あえて過酷な鳶職の世界に身を置き、
心身共に鍛えました。
泣き言が一切通用しない世界で、
休まずに働きました。
そして、人間の厳しさと優しさを知りました。
笑う練習もしました。
あの頃は毎晩、東京での出来事を題材に
自伝小説を書く日々を送りました。
あの悪夢のような東京の記憶に
捕らわれた自分を昇華させようと、
毎晩原稿用紙を濡らしながら書き続けました。
実際、書き上げた自伝小説を
文藝賞にも応募しました。
原稿用紙248枚、タイトルは「残酷な夜」
落選しました。
その後、今の妻に出会い、新しい命が宿りました。
娘が生まれたばかりのあの頃、
僕はまともな職についたことのない
20代前半でしたので、
本当にお金がありませんでした。
当時、僕は先輩に貰った
ボロボロの財布を使っていて、
真面目に就職するにはこれじゃいけないと思い、
新品の革財布を自分用に購入しました。
そんな時、
家計を助けようとした妻が副業詐欺にあい、
5万円を騙し取られました。
ハガキに宛名を書く作業だったらしいのですが、
いくら書いても1円のお金にもならず、
ごめんなさい、
と泣きながら謝る姿を見て、
僕の中で何かが弾け、
この身体の血が沸騰しました。
まず、こんな状況なのに
新品の財布を持っている自分が許せず、
今すぐにこれをお金に変えようと思いました。
ヤフオクで自分用に購入したレザーの財布でした。
この時、絶対にこの状況から脱してやる、
と強く思いました。
当時、僕はパソコンなんて持っていないので、
ガラケーのみで今すぐ売る方法を考えました。
すぐにモバオクに会員登録して、
ガラケーで写真を撮り、書き慣れない
説明文章を書き、出品しました。
全てが手探りの作業で、
めちゃくちゃ時間がかかりました。
これが僕の記念すべき初出品でした。
そしたら適当に設定した即決価格で落札され、
いきなり+5000円くらいの利益になりました。
もう、目ん玉が飛び出るくらい、驚きました!
今までお金を稼ぐとなると、
肉体労働しか頭に浮かんでこなかったので、
ものすごい衝撃を受けたのを
今でもよく覚えています。
その次に僕が取った行動は
全財産をかき集め、その3万円で
同じ財布を再度ヤフオクで数個購入しました。
思い返せば、これは人生最大の投資でした。
そして、その財布が届く前に出品し、
落札と共に届いた財布を発送しました。
転売を繰り返していくうちに
完全に売れるのは分かっていたので、
無在庫転売の感覚に近かったと思います。
そして、財布の転売を数回繰り返し、
資金が貯まっていくと、
指輪やブレスレット等のアクセサリーも
出品ラインナップに加えていきました。
増えたお金は一切贅沢に使わず、
在庫増資に徹底しました。
当時は鳶職とネット販売の掛け持ちでした。
朝4時に起床して写真撮影、
帰宅後に商品を梱包して郵便局に発送、
深夜まで出品作業という日々を送っていました。
そんな生活を送っていたら肉体疲労の為、
地上10メートルの足場から転落して
右大腿骨とあばらと足の指を骨折し、
意識不明の大重体になったこともあります。
あの時は何が何だか分からず、
朦朧とした意識の中で夢なら早く冷めてくれ、
と思っていました。
しかし、目を覚ますと視界は病室の白い天井、
回りには心配そうに見つめる家族、
そして、右足は心臓が暴れだしているかのような
痛みに襲われていました。
この日からいきなり全治4ヶ月の入院生活になりました。
そこで僕が取った行動は
アクセサリーの在庫を全て病室に運んでもらいました。
妻と今度幼稚園に入園する娘を
お金の面で困らせ泣かせる訳にはいかなかったのです。
そして、ガラケーを駆使してモバオクに出品、
病室で落札された商品を梱包し、
一階のロビーまで郵便局員に集荷に来てもらい
車椅子で発送という日々を送りました。
実際、僕は右足に補強のボルトが入った車椅子状態で
ひと月で純利益20万近く売り上げを上げました。
そして、ベッドの上ではただ寝て
時間を浪費するなんて許せなかったので、
当時日本に浸透し始めてきた
FXの本を買い込み独学で猛勉強しました。
その時、退院後にはインターネット回線を開設して
ヤフオクに挑戦、FXを始めることも視野に入れていました。
あれこれやっている僕を見て、何度も
安静にしていて下さいって言われてたので、
これは看護師さん達も驚くレベルだったみたいです。笑
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今では、あの時東京についてきてくれた
彼女にはもう2度と会えません。
その理由は...言葉にすると
今でも気が触れそうになるので控えさせて下さい。
でも、まだ僕はあの子との約束を忘れていません。
周りから、何故そんなに色々頑張れるの?
と訊かれた事があります。
答えは簡単、夢を叶えて約束を果たす為です。
どんなに貧乏を味わっても、
大怪我して生死を彷徨っても、
商売でトラブルが起きて550万円の損失と
裁判沙汰でどん底に落ちても、
死なないで這い上がってきたのは、
夢を叶えるため、約束を果たすためです。
どんな苦しい状況に落ちても、
生きている限り希望があります。
僕の昔話を語ったので長くなっちゃいましたね。
でも、どん底から這い上がれるんだという事実を伝えるには
僕の実体験を書くのが一番良いと思い、
過去を思い出すのは辛いですが書きました。
決して、鬱な話だと捉えないで欲しいです。
僕が伝えたかったことは
目標を明確化し、
行動すれば、
例え、今がどん底だろうが、
心に傷があろうが、
車椅子状態だろうが、
誰だって這い上がれるということです。
だから、今、あなたがどんな状態だったとしても
這い上がれると僕は言いきれるのです!
僕も夢を叶えますので、あなたも夢を叶えて下さい。
少しの勇気と行動力がこれからの
未来を変えれます!
これを忘れちゃいけない‼️
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↑ ↑ ↑
ここまで!
もの凄い長くなりましたが、
今、ここまで読んでくれたあなたは
明確な目的と目標が胸にあるんだろうと思います。
ぼくも初めはそうでした!!
なのにどうしていいかわからず、
もがいてばかりの日々でした😓
世の中には1人で自分自身を変えて環境を変えてどんどん上に行く天才肌の人もいるでしょう!
ですが、ぼくは1人ではどうにもできなくて
変わろうと頑張るんですけど、どうしても
変われなかった言わば絵に描いたような
凡人です💦
環境が悪い…って環境のせいにもしてました。
うまくいかない…って世の中のせいにもしてました。
そうなんです!
ぼくが変われたキッカケ、
それは出逢いだったんです!!
これからの明るい未来へと導いてくれた
ぼくの師匠との出逢い!
出逢いで環境から考え方、ビジネスのイロハ、すべてを教えてもらい自分を変える事ができたんです。
(まぁ、ぼくの場合は出会った師匠は尊敬できて、それに性格も気が合って、ってすべてが揃ってたから運がいいって言われればそこまでですが…)
だけど、諦めなければ、
腐らずに前を向いてれば、
類は友を呼ぶ!
なんてことわざの通り必ず縁が訪れます!
ぼくはそう思います!
こんなぼくが変われたんですから、誰もが変われるはずなんです!
ここのぼくのページに辿りついて今これを読んでるあなたはもうすでに縁を
掴むところにいるんです!
ぼくが運がいいんだとしたら、今これを読んでるあなたも同じで運がいいという事です!
自分自身を変えるために
考え方を変えてみてはいかがですか?
チャンスとキッカケはある日突然やってきます!
チャンスとキッカケを掴むも捨てるも全ては自分の選択次第!
未来を変えたい!
自分を変えたい!
そんな想いが少しでもあるなら
自分の可能性を信じてみてはいかがですか?
☺️