教会の鐘が大きくゆっくりと打ち鳴らされた。続いてパイプオルガンが荘厳な曲を奏ではじめる。その音色はかつて横浜を出発する時に聞いた氷笠丸の汽笛にどこか似ていて、孝志は胸が締め付けられるような思いがした。最前列の席に孝志達と神村一家が並び、トドとショウの結婚式を見届けていた。暗い過去は断ち切り、これから二人で前へ、未来へ。孝志は祭壇の前に立つ二人の姿に、涙を抑え切れなかった。それはみな同じ思いのようで、ハンカチを使うしぐさが目の端に捉えられた。白いヴェールに包まれ化粧を施した花嫁は、まさに息を飲むほど美しかった。胸板の大きいトドのタキシード姿も、中々に決まっている。
― きっと二人は、本当の夫婦になれる。
形だけの結婚どころか、きっと誰もがうらやむ、おしどり夫婦になれるだろう。
二人は誓いの言葉を交わした。つまりながらも力強く「はい」と答えたトドの言葉に、みな感動を覚えた。
『それでは最後に、誓いのキスを』
神父がそう言うと、トドがショウの顔にかかったヴェールを持ち上げる。と、ショウの顔が青ざめて固まってしまった。トドはまた満面の笑顔を向けると、そっとショウに顔を寄せていった。そして固く目を閉じたショウの頬に、ゆっくりと自分の頬を合わせた。
「ショウ、だい…すき。ありが、とう」
そう言ってトドが顔を上げると、またパイプオルガンの演奏が始まった。みながその演奏に合わせて歌いはじめる。その歌はみなの思い出の曲、エーデルワイスだった。ショウは下げたヴェールの中で暫く涙を流していたが、途中から歌に加わった。そして綺麗なハーモニーが長く尾を引いて、歌と一緒に、二人の結婚式も終わった。

 式を終えて教会から出てくる二人を、みなが階段で待ち受けていた。突然教会の鐘が激しく鳴り響くと、大きな扉がゆっくりと開いて新郎新婦が並んで歩み出て来た。みな大きな拍手と歓声で二人を迎えた。ライスシャワーと色とりどりの花が、二人の上に降り注いだ。トドは緊張した面持ちで胸を張り、ショウは顔を俯けている。道を行く車からも、祝福のクラクションが次々と鳴らされた。
「あーーーーっ、もうっ!」
突然ショウが顔を上げるとヴェールを持ち上げ、大股で一歩前へと進み出た。そしてみなをぐるりと指差して、大声で叫んだ。
「おいっ!てめぇえらっ!」
みな驚いて拍手の手を止め、ショウを見つめた。ショウは赤く潤んだ瞳で、一人一人の目を睨むようにして見廻した。
「てめぇらなぁああっ! ちっくしょう…」

― てめぇえら、 だあぁあいすきだぁっ!

そう叫んで高々と放り上げられたブーケが、雲ひとつ無い青空に吸い込まれていく。
階段の下ではマリアが笑顔で、両腕を広げていた。


             百葉箱物語エピローグ~ P.S. I love you     完