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 昼過ぎの東京メトロ銀座線。浅草に向かう電車は、田原町駅に到着した。

 僕は珍しく座席に腰掛け、読みかけの文庫本を開いていた。
 車内はそれほど混んでいる訳ではなく、立っている人はいなかった。


 数人の客が乗ってくると、思い思いの席に腰をかけた。

   僕のすぐ右隣にも、一人。 

          ベルが鳴ると扉が閉まり、電車は発車した。


        と・・・


 僕の左隣の客が立ちあがった。
 本に視線を落としながらも、それは気配でわかった。

 今度は右の方でも、客が立ち上がったようだ。もう、電車は動き始めてるのに・・・。
 何だか正面の座席は、ざわめいているように感じる。

 さすがに僕も不信に思って、本から視線を上げた。

 ・・・僕の座っている座席には僕ともう一人、先ほどの駅で乗ってきた人の二人しか
 座っていないようだった。正面の座席には間をおかず、おばさん達が座っている。
 廻りの座席も、それほど空いているわけではなさそうだけど・・・。

 僕は、おばさん達の目が、僕の右隣一点に注がれている事に気がついた。



              ?


 
    そっと・・・右隣の人に・・・視線を・・・送っ・・・



 




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   オ・オトコオンナ・・・。  とっさに浮かんだ言葉は、それだった。


 真っ黒なマイクロミニのワンピースを着たその人は、紛れもなくおじさんだった。
 いや、もうおじいさんに近かったかもしれない。
 やせ細った体には痘痕が浮き上がり、厚手のストッキングから脛毛がはみ出している。

 ドンキで売られているような、安物の金髪ロングのカツラをつけ、
 顔は・・・表現するのが恐ろしい程の塗り込められ具合だった。


 
 真っ赤なハイヒールが・・・目に痛い。



 正面の座席のおばさん達は、(  ̄ノ∇ ̄) ̄ー ̄)ヒソヒソ と何かを話しては、笑いあっている。
 僕は何だか居たたまれない気分になったけど、なぜか座席からは動けないでいた。


 と、そのおじさんが・・・   僕を、見た。 
 

     (◎_◎) うげっっ!  僕は思わず声を上げそうになってしまった。


 正面から見たその顔は、横から覗くそれの、数倍恐ろしかったのだ。


           ・・・けれども。 


      それも、一瞬の事だった。


      ・・・おじさん、何だかとっても、不思議な目をしていたから。



 怒っているでもない、寂しいのでもない。 

 哀しいのでもないし、もちろん笑ってもいない。


      何て言うんだろう・・・ 「お前もか?」って、問われているような視線だった。


  だから。


  僕は視線を本に戻すと、座席に深く座りなおした。 
  そしてまた、本の世界に入っていった。

  その時右隣から、「ふっ・・・」っと息の漏れるような声が聞こえたのは、
  気のせいだったかもしれない。





  電車が浅草に到着すると、おじさんは逃げるようにしてホームに飛び出して行った。




  くりくりとお尻を振りながら歩いて行くその後姿は、


                なんだか少しだけ、色っぽいような気がした。













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