FIRE WALTZ♪ -2ページ目

虫のこと

こんばんは。


毎日毎日暑いです。


こう毎日暑いと、さらにこれからもっと暑くなってくるという事実を突き付けられると、暑さのあまり気が狂ってしまいそうになるのですが、狂っているのはこの夏の暑さなのか、それとも私の暑さに対する抵抗力が狂っているのか、どっちかわかれば、少しはすっきりする気がするのですけれど。



それはそうと、虫です。


夏の暑さに導かれ、今年もあの悪魔たちがやってきています。


毎年毎年性懲りもなく、どういう神経をしているんでしょうか。


一体何を考えているんでしょうか、あの馬鹿どもは。



人様の家に勝手にあがりこみ、我が物顔でそこいらじゅうを歩き回り、あげく私の顔の周辺を飛び回る。


迷惑という言葉を知らないのでしょうか。


実は私の家には、網戸というものが備わっていまして、それの働きによって、暑い日に多少窓を開け放っておいたりしても、野生の犬や猫が家の中に飛び込んでくるということを防いでくれているのですが、どういうわけか網戸というのはその大部分が網状になっていて、その網目をかいくぐって小さな虫たちが家の中に侵入してくるのです。野生の犬や猫を防げても、虫を防げないのでは意味はありません。


私は犬や猫は好きですが、虫は大嫌いなので、なるべく虫とは関わりあいにならないよう努めて生活しているのですが、いかんせん虫の野郎は、向こうから私に寄ってくるのです。


向こうから寄ってくると言っても別に、虫が私とお近づきになろうとしていたりするのではなく、そこには確実な悪意がありますし、私は虫たちに蹂躙されている以外の感情を抱きません。


好きな子のことを好きであるがゆえに苛めてしまう、なんて経験は誰もが体験しているかもしれませんが、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ!もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。



放っておけば奴らは、居間、寝室、書斎(と呼んでいるだけの部屋)、台所、浴室、玄関、トイレなど、ありとあらゆる場所に出現し、私の人権を侵害していきます。


そこで私は、虫たちを家の中に入れないことを目的に、対抗策として、家中の窓をすべて閉め切り出来るだけ玄関も開けないという、籠城作戦をとることにしました。


その結果、家の中の気温及び湿度はグングン上昇し、耐えかねた私はエアコンをガンガンにかけ、電気メーターはメリーゴーラウンドのようにグルグル回り、省エネ時代の流れに逆行した私は近隣住民に村八分にされ、外を歩けば空き缶を投げつけられボコボコにされる、という事態にまで追い込まれました。


しかしそんな私のハイリスク・ハイリターンな覚悟を嘲笑うかのように、やつらは再び我が住居に大挙して押し寄せるのです。

一体私の家のどこにそのような秘密の抜け道があるのか私は知りませんが、もしかすると、やつらの人智を超えた超能力の中の一つには、時間や空間を超越できるテレポートというものがあるのかもしれません。おそらくはレベル4(軍隊において戦術的価値を得られる程の力)くらいだと思いますが。ゴキブリも、恐竜時代から生きているらしいですし。そうでなければやりきれません。



もし願いが一つだけ叶うなら、私は地球上のすべての虫を抹殺して頂きたいです。


しかしこんなことをいうと、「そんなことをしたら生態系が狂ってしまう」とか、「食物連鎖のピラミッドが音を立てて崩れる」とかいう反論があるでしょう。


確かにそれは危惧すべき事態ですが、順応性の高い地球のみなさんのことですから、そこらへんの問題は時間が解決してくれると思うのです。


あと、世の中には「虫が好きで好きでたまらない」という奇抜な人たちがいることも私は知っています。


そのような人たちは間違いなく、虫根絶に反対運動を仕掛けてくると思うのですが、そのような人たちには、脳の外科手術を受けてもらい、「虫というものが地球上に存在した」という記憶を全て消去することによって、こちらの問題も解決できると思うのです。



解決策が見つかったのでさっそく虫根絶を実行しようと思ったのですが、私はあることに気付きました。


今まで散々「嫌い」だと思っていた虫ですが、よく考えると、本当の感情は「嫌い」ではなく「怖い」ではないのか、と。


嫌悪ではなく、恐怖だったのです。


確かに、「嫌悪」と「恐怖」は、これは、勘違いしやすい感情だと思います。


恐れを抱いている対象があって、でも潜在的に恐怖からは逃れたいですから、いつの間にか「恐怖」は「嫌悪」にすり替わってしまいます。


自分を不利にする影に脅えるよりも、いっそ嫌ってしまって目を向けない方が楽ですから。


私は、虫が怖い。触れない。凝視できない。殺される前に殺したい。



我々はキンチョールやアースジェットなど、錬金術を駆使して虫たちと闘い、それはまるで地獄絵図でしたが、自軍に多大な被害を出しながらも、インセクト殲滅戦に辛くも勝利しました。


私は恐怖や憎しみに囚われ多くの虫の生命を奪いましたが、それでもいいと思っています。


もし法廷で争っていたとしても、私が勝訴していたと思いますから、結果は同じです。



そうして私は恐怖や憎しみと一緒に、つかの間の心の平穏を手に入れ、お気に入りの明太子スパゲッティ(おにぎり味)を夕食に頂いていたのですが、その時はねた明太子の粒が私のアゴの部分に生えているヒゲに付着して、それを鏡で見てみるとなんだかメダカが水草に卵を産み付けたような様相になっていて、ああ、生命の神秘って感じだなあ、と思いました。



テレビのこと

私の家にはテレビがありません。


正確には、テレビがあることはあるのですが、何も映りません。


つい先週までは我が家のテレビも、破竹の快進撃とまではいきませんが、それなりに元気に活動していたのです。

それがまさかあのようなことになるとは思ってもみなかったのですが、その瞬間は不意に訪れました。



二か月ほど前のある日、唐突に我が家のポストに一通の封書が。


見ればその封書には、私が借りているマンションの大家さんからの手紙が入っていました。


内容はこうです。



「拝啓。春も満開、花盛りの今日この頃、いかがお過ごしか。貴殿は家賃の滞納や、騒音、奇行などによる苦情もこれといって出すことなく、大人しく暮らしているようで、それは私にとって非常に有益なことである。続けたまえ。だがしかし、本日このような文書をわざわざ私自らがしたためたのは、今後貴殿の生活に深く関わるであろう重大事項の説明のためである。しかも私はそれを、貴殿の好む好まざるに関わらず、強制的に執り行う。これに対し不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら・・・。敬具。」



と、突然このような脅迫丸出しの文面でもって何の悪びれも見せずに迫られたものですから、私は怖くなって、そのまま玄関の前に身を丸くして屈みこみ、辺りの様子をキョロキョロと窺いながら、できるだけ物音を立てないようにして三日間ほど過ごすことを余儀なくされました。



三日経ってようやく心を平常運転に戻すことができた私は、しかし、これから先に何が起こるのかとビクビクしながら貴重な青春を浪費し、なけなしの貯金も浪費し、対応策を考えることにしました。


(不満はもちろんあるけれど、自分を変えるというのはちょっと困る。これまで構築してきた私のアイデンティティを、このようなことであっさり覆してしまうのは万死に値するし、でもだからといって、耳と目を閉じ口を噤むというのもそれはそれで不可能であるし、もしどちらも選ばなければ、大家さん及び物件の管理会社の担当営業さんらが所属するどこかの国の公安機動部隊的な組織にスーダン辺りまで追われ、あげくに私の生命は消されてしまうであろうことは明白だし・・・。そうだ!見なかったことにして放っておこう。)


というわけで、私は大家さんからの脅迫を無視することに決めたのです。



それからしばらくは日々の安寧は保たれました。

相変わらず私は脅えきった毎日を送っておりましたが、特に何も変化はなく、熱光学迷彩で武装した怖い人たちも現れず、油断し始めていたあの頃。

思えば最初から、勝負は決まっていたのです。

仕組まれていたのです。

運命からは逃れられない。

私は既にデスティニープランに組み込まれた、「造られた子」だったのです。



あれは先週の水曜日でしたか、突然、我が家のテレビが映らなくなったのです。



壊れたのではありません。

ビデオなどはきちんと映りますし、DVDプレーヤーとの華麗な連携もこれまで通りです。


私は一人、ザーザーと虚空のみを映し出す我がテレビに向かって呟きました。


「これが若さか・・・。」




とまあ、このような経緯で我が家のテレビはその機能の大半を奪われ、DVDプレーヤー専用モニターと化したわけですが、つまり原因は例の国家的規模の消費促進洗脳工作であり、あの地デジカとかいうシカの化物が私の家のテレビのアンテナ線を食いちぎり、ついでに私の五臓六腑も食いちぎり、辺り一面血の海の惨劇で、転げ落ちた私の眼球を微笑とともに踏みつぶした奴の眼がその瞬間赤黒く光った!

というのが原因なわけで、これはもうどうすることもできません。

私ひとりの力では国家になど立ち向かえません。


しかし。


奴らは自分たちの犯した大きなミスに気付いていなかったのです。

詰めが甘いな、地デジカ君。



私は、別にテレビがなくても困らない。



そもそもテレビなんてそんなに見ない方ですし、NHKの集金が来たら追い返しますし。


それに最近は特に、テレビを見ても何も得られないことが多いと思うのです。

それどころか、特に興味もないはずの番組をだらだらと見てしまい、時間を無駄に消費する、ということも私は経験してきました。

私はこの通りブログというやつをやっていますので、ということはもちろん、パソコンも所有しております。

ニュースなんかはインターネットでも見られますし、特に面白い番組があったとしても、YouTubeやニコニコ動画、それに準ずる類似サイトなどがいくらでもあります。


私には、テレビの必要性が、特にありません。


むしろ、テレビを見ないことは、現在急速にその流行が拡大しつつある節電省エネブームにも一役買いますし、テレビを見る以外のことに時間を有効活用できて、まさに一石二鳥です。


これは良いことに気付いた!


いや、気付かせてくれたのは他ならぬ大家さん。

敵のふりをして、悪役を買って出て、私の心の大事な部分を守ってくれた大家さん。

ありがとうございます。

一生家賃を払い続けようと思いました。



そうと決まれば、私はもうテレビを見ません。

個性的であることすらも没個性と罵られるこのご時世に、テレビを見ないことを己の個性とし、これからはテレビを見ている人たちを「時間無駄遣いシカ野郎」と蔑み、嘲り、生きてゆこうと、私はあの日、心に決めたのでした。




そうして明くる日、私は職場での仲間たちの「昨夜のテレビの話」についてゆけず、耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らしました。




右のこと

本日仕事をしていて気が付いたのですが、私は右利きです。


と、こう言うと、今日の今日まで自分の利き手及び利き足に気が付いていなかったのかと、罵詈雑言を投げつけられそうですが、そうではないです。省略しすぎました。

私が右利きだったという事実に今更気付いたのではなく、私は、なぜか身体の右側ばかりよく怪我をする、ということに気付いたのです。


参考までに、本日の仕事の成果は、右腕に二つの十円玉くらいのアザと、右膝の擦り傷です。


こういったことはよくあることで、というのも、私は仕事柄、脚立に登ったり降りたり、大きな荷物を雑に持ったり、台車を押したり、などという過酷極まる肉体労働を日々強いられているのでして、私の身体はもはや満身創痍。ひとかけらの余力も残らぬほどの疲労により、思考回路はショート寸前。今すぐ会いたいよ。と、こういった感じなのでして、通院の必要性のない微細な怪我など、日々いくらでも獲得しているのです。


しかし、その微細な怪我というものが、決まって身体の右側に集中することが多く、これは一体どういうことかと、神は私の右側をお許しにはなられていないのか、と悩みましたところ、ああ、私は右利きであった、と、これに気付いたわけであります。


これで冒頭一行目の憐れな文章の真意を御理解いただけていれば恐縮です。



でもでも、だからといって、右側優先負傷の原因を、簡単に「右利きだから」で片づけてしまうのは、いささか早計であると思うのです。



なぜならば!なぜならば!

(これが会話であった場合、まわりの人々は大抵、なんで二回言ったの?と、ツッコミをいれてきますが、そんなことは気にする必要はありません。)



確かに、右利きであるということは、何らかの動作を行う場合において、高頻度で身体の右側を使用するということはごく普通のことであると言えます。しかし、何も、何らかの動作を行う場合に、身体の左側を全く使用しない、などということはないと思うのです。私はそこまで怠惰(のスロウス)ではありません。それに私は身体の右側と左側を分離させて動かせるといった高等テクニックも持ち合わせておりません。


つまり、私は右利きではあるけれど、身体の左側もきちんと使っている、真面目ちゃんなのです。


そんな真面目ちゃんの私ですが、厳密に言えば、微細な怪我というのは動作の動き出し、つまり初動の瞬間によく発生すると思っているのですが、これは、初動が利き手及び利き足によって行われるためであり、右利きが原因であるという要素も存在はします。それは認めざるを得ないことです。認めます。


しかしこと仕事においては、身体の右側・左側をまんべんなく使用することが義務付けられていますから、ああ、これでは、右利きであることが右側優先負傷の原因とは言えない。のではないでしょうか。


多分「右利き」は、原因全体の三十パーセント程度しか占めていなくて、何か他に別の原因もあると思うのです。



なぜ私がここまで頑なに、右側優先負傷の原因を「右利き」で片づけようとしないのかには、それなりの理由があるのです。


それは私が幼いころから今までに培ってきた経験です。

私の、これまでに受けた「右側の不幸」をあげてみます。


・右足を骨折しました(といっても親指の付け根ですけどね)

・右腕を骨折しました(といっても肘関節ですけどね)

・右足の親指の爪が剥がれました

・冬は右手ばかりあかぎれをおこします

・喧嘩による右側頭部強打(いとことの喧嘩です)

・頭痛は右側に多くおこります(上記が原因か?)

・口内炎は大抵右の方に出来る

・右手人指し指を車のドアに思いっきりはさみました

・ドッジボールによる右手首の捻挫

・右膝の強打(原因不明)

・右目の方が視力が悪い

・モノモライになりかけたのも右目です

・生後間もなくヘルニアになったのもどちらかといえば右側っぽい

・身体の右側にホクロが多い

・つむじが右巻きです



ほら。


やっぱりね。



こうして軽く思い出しただけでもこんなにあるのです。

まあ、左側に全く怪我をしていないなんてことはありませんが、それでも彼我の戦力差は歴然です。我が軍は圧倒的です。


そしてこの中で「右利き」が直接の原因となっているものなど、一つ二つしかありませんよ。特に病気なんかは、利き手及び利き足なんて関係ないと思いますよ。


「右利き」で説明がつかない事象がこんなにも起こっているのですから、やはり私としましては、右側優先負傷の原因を「右利き」で片づけることなどできません。


では一体他に何の原因があるというのでしょうか。




わかりません。


原因不明だからこうして話のタネになっているのです。


まあ、原因がわかったところで結果が変わるわけでもないでしょうし、なんか呪われてたりするんじゃないのかな~、程度に片づけておくのが吉だと、今思いました。



そういえば昔、「右からきた何かを左に受け流す」という消極的な歌が流行ったりもしましたが、私の場合は右で発生してしまっているので、受け流すも何もあったもんじゃないです。


ですので、これからも右側とは末永く付き合ってゆくわけですし(もちろん左側も)、この呪われた右側を、それでも私は愛し(もちろん左側も)、生きてゆこうと心に決めました。

M.(右側を)O.(大いに盛り上げるための)JO.(承太郎の)団を作ろうかとも思いました(もちろんHOJO団も)。



皆様も、利き手及び利き足の側の怪我や病気には(もちろん逆サイドも)、くれぐれもお気を付けください。

ご自愛ください。



最後になりますが、


「今の私は右利きであって、それ以上でもそれ以下でもない。」