早めに切付いたので、

今日は作文ガンバっぞ~~チョキ


半年振り?

はてなマーク

そんな経ってないか

≧(´▽`)≦


古い友達からの連絡がありましたキラキラ

普段は携帯メールなのに

PCへ送りたいとか^^へはてなマーク


意見を聞きたいとの内容メール


マブダチの真剣さに必死答えたい、


本当に本当に一生懸命のメール、

気持ちが伝わってきます星


なんと恋い話ラブラブ

しかも感動汗

やっぱいい奴ビックリマーク


でも文章力不足で旨く

僕の気持ちが伝わったか心配あせる



そんな時 思い出した!!


2年ほど前でした・・・。



高橋君?


人って魔法が使えますよねキラキラ


ほよよ目

ん?

そうなのクローバー


人は、「言葉」と言う魔法を使います。


あるお方の言葉で、

自殺を止まった方がいれば、


言葉一つで、死に追いやられた方も

事実存在します。


それって魔法じゃないですかはてなマーク


・・・・・(ノ゚ο゚)ノ

当時、妙~に納得したのに

言葉使い大丈夫かい!?


自問自答です。


何気ない言葉が、

他人を傷つけたり

何気ない言葉が、

勇気を与えたりします。


僕は沢山の愛を

与えられる器になりたいですチョキニコニコ

関係なかった?


そんな訳で、奴からの返事を

気にして待っています流れ星


ちゃんと伝わったかしらあせる


ありがとうドキドキ


 ひら虹



個人的に

感動した話や、

へぇ~~~星

話をベル

載っけてブログです。


どうぞお楽しみ、あ~あ~れ~おんぷ!!

き~みに~おんぷ

しあ~わせ~おんぷ

あれ~~~おんぷ

飲み会♪(^o^;)飲み会♪



「お願いします。私を強くしてください。

お給料は要りません。

ごはんが食べられればいいんです。」

シドニー五輪で金メダルを取った

高橋尚子選手が

初めて小出義雄監督率いる

積水化学の門を叩いた日の事を

監督はこのように述懐しています。

「Qちゃん(高橋選手の事)を

入れるのはためらったんですよ。

実績もないし、
大学を出ていて年を取っていたから。」

それでも、入社を許したのは

「走りたい。

そのためならお給料もいらない!」と
いう健気さに

心動かされたからだったといいます。

もう一人、

小出監督が育てた

オリンピックメダリストがいます。

バルセロナ五輪で銀、

アトランタ五輪で銅

を取った有森裕子選手です。

生まれつきの股関節脱臼、

さらに、

幼少期の交通事故の

後遺症でうまく走れない。

しかし、

何度も電話をかけて

入門を請う熱意に負け、

小出監督は

「次期マネジャー候補」

として入社させました。

入社後、案の定、

毎日チームの一番最後を

トコトコと走っていた有森選手でした
が、ある日、

小出監督に願い出ます。

「監督、私をオリンピックに

連れて行ってください。

そのためだったら

どんな練習にも耐えます。

他の人が1時間練習するなら、

私は2時間がんばれます。」

小出監督は今、

ご自分の監督人生で得た

実感をこのように振り返ります。

「勧誘した子は強くならなかった。

一銭もかけなかったのが

強くなっている(笑)。

要するに、志の差ですよ。」

人間に能力の差というものは

確かに

存在するのかもしれません。

しかし、

能力の差だけで勝負が決まってしまうほど

人生はつまらないものではないという事を、
有森選手や

高橋選手のエピソードは教えてくれています。

能力の差を越えるのは志。

大志を抱いて、

それに向かって着実に歩みを進めていく日々を

送っていきたいものです。

(「致知」2010年9月号より~)

 昨日載せようと思った

とっても美味しいお肉だったのにあせる

一日たって鮮度は大丈夫かしら目


早く焼こうよ音譜


ひらく・Tのブログ

 黒毛和牛特選カルビとかきらきら!!キラキラ



ひらく・Tのブログ

ごちそうさまでした。


  おまけ


『友を得るには、
相手の関心を
引こうとするよりも、
相手に純粋な
関心を寄せることだ。』
(D.カーネギー
「人を動かす」) より。
そうなんだメモ メモメモ
  ひら・


今日で終わりですねパー

なんでまだ

こんなに暑いんですかあせる

十分な睡眠を

心がけましょうグッド!

(自分に一番訴えてますお月様



おまけ


「試練」だらけの

野球人生だった。

ただ、

これらの出来事は、

僕の人生におい
てすべて必然だった。」

僕は何にでも

「ありがとうございました

と思って生活している。

その背景にあるのは

「目の前に起こった事は

すべてパーフェクトだ」

という考えだ。

手術しないと

手術した

人の痛みや苦しみは分からない。

マスコミに叩かれたからこそ、

同じ境遇の人の気持ちが分かる。

金銭で騙されたからこそ、

同じ被害に遭った人の

気持ちが理解できる。

人生は自分の目で見て、

触れて、

体験し、

自分なりに咀嚼する事。

これに尽きる。

「試練」という言葉ほど、

野球選手にとって、

最高の言葉はないと思う。


試合の
「試」に練習の「練」。

練習を積み重ね、試合に試す。

練習して、

鍛錬して試合で、

学校で、人生で、

自分がどれだけできるか

試してみる。

ゆえに試練は挑戦でもある。

試練は辛く苦しい事ではない。

次への挑戦へと

向かうスタートなのだ。

(元メジャーリーガー

桑田真澄「心の野球」より)


ジ~ンと来ました
知的障害者を兄にもつ
小学1年生の子(弟)の
話です。

入学式の日、
その子(弟)の席の隣に、
小児麻痺で左腕が不自由な
子が座りました。

最初の体育の時でした。
手が不自由な
小児麻痺の子は
着替えるのに30分も
かかってしまいました。

時間がかかっても、
先生は、
何も言わずこの子を
放っておく事に
しました。

でも、
二度目の
体育の時間には、
この子も
他の子と一緒に
きちんと並んで
待っていました。

どうしてだろう
と思った先生は、
次の体育の前の
休み時間に、
そっと陰から
見ていました。

すると、
隣の子(弟)が、
一生懸命に
手の不自由な子が
着替えるのを
手伝って
あげていたのです。

そして、
その子が着替え
終わると、
二人で校庭に
元気よく
駆け出していったのです。

先生は、
やはり何も言わずに
見守る事にしました。

七夕の日の事です。
ちょうど
授業参観日でした。

先生は子ども達に
願い事を書かせて、
それを教室の
笹に下げておきました。

お母さん達が
集まったところで、
先生は、
一枚一枚、
短冊を
読んできました。

一年生ですから
「あのおもちゃ
買ってちょうだい」
「おこづかいちょうだい」
というような事が
書いてありました。

その中に一枚だけ、
こう書かれていました。

「かみさま、
ぼくの
となりの子のうでを
なおしてあげて
ください」

あの弟が
書いたものでした。

先生は、
この
一途な祈りを読むと、
もう
我慢できなくなって、
あの体育の
時間の事を、
お母さん達に
話しました。

小児麻痺の子の
お母さんは
子どもが
どんなに教室で
不自由して
いるのだろう、
迷惑をかけて
いるのだろう、
申し訳ない事を
してしまったと、
教室に入れずに
廊下からじっと
様子を見ていました。
が、
先生の話を聞いた時、
突然、
廊下から
飛び込んできました。

教室に入るなり、
ぺったり床に座り、
この弟の
首にしがみついて
絶叫しました。

「坊や、
ありがとう、
ありがとう、
ありがとう、
ありがとう。
ありがとう、
ありがとう、
ありがとう…。」

その声がいつまでも
教室に響き渡ったそうです。


…と書かれていました汗目汗

最後まで
読んで頂き
ありがとうございます。
僕は感動してしまって、
暫らく
固まってしまいました星
滅多にしないフリーズです。
こんなお話を
知る事が出来て
感謝しておりますドキドキ
 
  ひら虹