今回は、「創世記」第一章を読みました。

そこには、世界の始まりのことが書かれています。

私たちはその最初の一文に注目しました。

 

בראשית, ברא אלהים, את השמיםּ, ואת הארץ
べレシート、バラー エロヒーム、エット ハシャマイム、ヴェエット ハアレツ

 

初めに、創造した 神は、天を、そして地をここでは、天と地は別々のものとしてではなく、対になって創造されています。

そこで私たちはこの箇所を、「地は天を表す影である」というふうに読みました。
普段、私たちは自分の思い思いに行動しているけれども、天で大きな動きがあるからこそ、地でも大きな変化があるのではないでしょうか。

現在、コロナウイルスが世界的に蔓延しているのも、たんなる偶然に見えて、そうではないかもしれない。

 

また、最初の3つの単語、 

 

בראשית ברא אלהים 
 

について読み込んでいきます。


最初の בראשית(べレシート=初め) 


聖書において、世界が始まった後に人間は造られました。

そうであるなら、人間が世界を始めることはできない。

「世界の始まり」は、人には想像もつかないほど神秘な出来事ですね。

 

二番目の ברא(バラー=創造した)。


この動詞は、聖書では神様にしか使われていない言葉です。現在においても、人間は今あるものから次のものを作る(有から有を生み出す)ことはできるが、何もないところから新たに創る(無から有を生み出す)ことはできません。


 三番目の אלהים (エロヒーム=神)


人間は神にはなりえませんし、また人間が理解できるものを神とは呼びえない。

 聖書の書き出しは、この3つの単語から、つまり人智をはるかに超えたところから始まっています。

しかし一方で、この世界は私たち人間によって、日々、形作られています。

そう思うと、先に述べた「天と対になっている地」に私たちが生きていること、そのことに大きな意味があるように私たちは感じました。
天で神様が働かれるのに呼応して、地でも何かを創造するような生き方ができるのではないでしょうか。

例えば、子供が産まれるということは、私たちの能力や考えの及ばない、1つの創造であると思います。

また、何気ない毎日の食事の中にも、私たちの理解を越えた創造の業があるかもしれません。

そうやって、日々の生活の中で神様が創造 ברא  された恵みを感じ、発見しながら生きていく「バラー・キャンペーン」を、今月の取り組みとしました。

 

文責・徳永義哉