主観っていうのは自分目線の考え。
客観ってのは主観の逆。
ではない
客観がもし主観の逆ならつまりはIの逆がYOUということになってそれだと相手からの考え方も客観となる
相手からの考え方というのはそれは客観ではなく相手目線の考えつまりは相手の主観ということになるので客観とは言いがたい。
客観というのは単数では語れない。
複数の人物や常識の考え方を平均したようなものが客観であって自分以外のものの数が多ければ多いほど正確になる。
データのようなもの。
常識と人物を並立して例に出したが常識とは客観そのものだともいえる。
常識とは常識。つまり普通の考え方である。
普通の考え方って何だっていうとそんなものは、ない。
普通なんていうものは決して一口に、一概に、大雑把に分けて語れるものではない。
普通はうつりかわる
異常が普通になり普通が異常になり、つまり普通はうつりかわる。
普通がうつりかわるとはどういうことかというと、客観がうつりかわるということではないだろうか。
人は客観にあわせつつ主観を交えて行動するがその客観の賛同者が多ければ多いほどはやる。
周囲の人間の心、ものの見方が移り変わっていくときにこそ普通はかわる。ちょんまげがいい例ではないだろうか。
客観はいっぱいある。
空間や時間によって全く異なる客観が存在しそして主観が存在する。
主観は客観にとても影響される。
主観が客観に影響されないようなことがあれば客観というものは存在できない
前述したかどうかあやふやだが似たようなことは言った気がするのでもう一度いうとか言ってみるが客観を構成するのは主観の数々。
だから主観が客観に影響されるのは当たり前いやむしろ必然。
客観は主観で成り立っていて主観は客観から外れないようにつくられることが多い。
客観・主観をバランスよくとりいれながら生きていける人間はすごいと思う。
俺は文章書くの得意だけど文章まとめるの苦手だな;
