病気がおしえてくれたこと

病気がおしえてくれたこと

生後⇒股関節脱臼
生後半年⇒川崎病
一才半年⇒川崎病
幼い頃から冷え性 
小学生⇒肩こり 偏頭痛 側弯症 アレルギー体質

自律神経失調症
化学物質過敏症
反復性うつ病
双極性障害


2021年精神科から卒業

10年以上の多剤処方卒業

く菜の花が出回る季節で
湯がいてお浸しに 炒め物に 苦くて美味しい春の味

先祖供養に加えて水子供養をはじめて気づいたこと 続き。

生まれてこられなかった命へ心からの謝罪とお詫びとしています。

わたし、子供の頃から居場所がない と感じてました。

それも、この世のどこにもないどころかこの宇宙の何処にもわたしの居場所はない すべての生き物から隔絶と断絶した世界にわたしだけがいて、誰に話し掛けても誰もわたしの存在にすら気がつきもしない 声を出しても届くこともない。
そんな深い絶望と恐怖
真っ暗で少しでも身を動かせば恐怖で気が狂いそうでした だから息すら潜めてた。

わたしはこの世に生きていてはいけない ここにいちゃいけない 生きる資格すらない

ランドセル背負ってたころから小さな身体で。くるひもくるひももそういうことを感じてました。

そして親にも友達にも誰にもいえずに胸に秘めたままうつむいて学校に通ってました。

水子供養の大切さを発信してる方のブログとYouTubeを読んで拝見してるときに、これが実は供養してもらえず成仏できていない水子さんが感じることなのだと知りました。

そうだったのか
大人になっていまになってようやくここに辿り着けた。

ごはんとお水、花を供える、読経する、駄菓子とかミルクなど赤ちゃん子供が喜びそうな食べ物もお供えしてます。
水子さんの手元供養をはじめると、昔のわたしの苦しさまで癒されるんですよね。
身体がぽわんとあったかくなってギューってなってた胸がゆるんで

手先からぽかぽかしてくるんです。

当時のわたしの心情と重なって涙もボロボロでてきます。

あと、断薬して以降二年半は全身が気が狂うほど痛かった。

薬で麻痺させてたから身体に薬毒の後遺症などでてるのかと思ってた、当時もうなにも薬は飲みたくなかったから一切痛み止めも飲まずにここまできました。

朝も昼も夜も よくぞあんな痛みのなかを生きてたなと...

あの頃は、ひたすら外に出て山や海や自然のなかに入って歩いて、土を触って土仕事して意識を自分以外に向けて生きてた。

あの痛みはどうも、中絶で身体をバラバラにされた水子さんの痛みだったんじゃないかと感じます。

それも、とんでもなく痛く苦しかったんですね 謝罪とお詫びしてます。


水子さんは供養不足だと、次に産まれた子供に訴えを出すんですって。

産まれたかったのに産まれられなかったうらやみ、嫉妬、怒り、悲しみ


それが子供の心とか身体に出るのだと。
水子さんが供養してほしいっていう訴えは子供の不登校や非行にも出る と。

お釈迦さま、ゴータマ・シッダールタが生きてた時代から周知のことだったようなのです。


両親のことに言及しますが、うちの親たちはわたしが不登校になりかけたとき、きょうだいが非行に走ったとき 向き合うタイプの親ではなかったこと。


思い当たることがいろいろあったり

産まれてすぐわかった股関節脱臼、アレルギー体質、生後すぐに罹患した川崎病などなど振り替えれば思い当たることばかり。心臓に後遺症がらのこるんですよね、川崎病。



先祖供養も水子供養も目に見えない世界とのおつきあいや命への考えの改め直しの機会となってます。

あと 頭を押さえつけるような頭重感、ドキドキした動悸、胸が苦しい、肩と腰の重たいさしこむ痛み、久しぶりに不眠などでてきて苦しかったんですが、水子さんの手元供養をはじめるとみるみるおさまってきたんですよ すごくない?

まさかの。


でもね、供養って水子さんをはじめ家系のなかにいらっしゃる老若男女のご先祖様たちに思いはせる時間なんですよね。

そうすると命のことをおのずと思う時間になってる。


ご先祖様は命の根元、源って言う。

木に例えると自分にとっての根っこが先祖
親が幹
子孫は枝葉

自分の根っこにあるものへの向き合いとか対話する時間が供養なのかもなあって。

そんなこと感じます。